システム開発中止で日本IBMへの損害賠償請求が相次ぐ背景…NHKも

8 時 前 3
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 NHKがシステム開発を委託していた日本IBMに対し、開発の遅延による契約解除に伴い計約55億円の代金の返還と損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。日本IBMは開発の途中で突然、NHKに対して大幅な開発方式の見直しと納期遅延を要求。NHKは事業継続に大きな支障が生じると判断して日本IBMとの業務委託契約を解除し、代金の返還を求めてきたという。一般的にシステム開発プロジェクトでは発注元とベンダーが要件定義・設計フェーズで仕様を固めた上で開発を進めるが、なぜ開発途中で大幅な方式見直しが起きるのか。また、日本IBMといえば1月、販売管理システムの開発が頓挫したことをめぐる文化シヤッターとの裁判において、日本IBMに損害賠償金約20億円の支払いを命じる判決が確定したばかりだが、なぜ日本IBMで同様の事例が相次いでいるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 NHKが進めていたのは、受信料関係業務全般を支える営業基幹システムの刷新。NHKのリリースによれば、NHKと日本IBMは2022年12月にシステム開発・移行業務の業務委託契約を締結。27年3月を納期としてプロジェクトを推進していたが、24年3~5月、日本IBMが大幅な開発方式の見直しが必要だと主張した上で納期の1年6カ月以上もの遅延が生じるとNHKに申し入れ。NHKは事業継続に大きな支障が生じると判断して24年8月に日本IBMとの業務委託契約を解除し、同社に対して代金の返還を要求。返還されなかったため提訴に踏み切ったという。

非常に特殊なシステム

 データアナリストで鶴見教育工学研究所の田中健太氏はいう。

「NHK受信料関係業務のシステムというのは世界に一つしかなく、非常に特殊なシステムなので、日本IBMとしては当初は開発できる知見が自社にあると考えていたものの、実際に開発してみると目論見と大きく違う点が多く出てきたという可能性はあるでしょう。

 一つ気になるのは、現行システムは富士通のメインフレームが使われており、更新作業も富士通が担うというのが自然な流れですが、富士通が受注しなかったという点です。金額的に折り合いがつかなかったのか、日本IBMが低い金額で入札したのか、いくつか理由が考えられますが、もし仮に日本IBMが受注することを優先して低い金額で契約していたとしたら、プロジェクト体制として人員が足りなくなり、取り決めた開発方式やスケジュールでは難しくなったというパターンも考えられるでしょう。

 このほか、日本IBMは2021年に分社化のかたちでITインフラストラクチャーの構築を主な業務とするキンドリルジャパンを立ち上げており、NHKとの契約はその翌年なので、分社化によって大規模システムの開発ノウハウを持つ人材が日本IBM内に少なくなってしまったという可能性も考えられます」

 大手SIerのSEはいう。

「どんなに要件定義や設計の段階で仕様を固めても、実際に開発を進めていくと当初の見積もり以上の工数がかかる作業が多かったり、現場の業務フローや他システムとの接続・連携の兼ね合いで仕様を変更せざるを得なくなるということは、珍しいことではありません。発注元企業のなかでIT部門やシステム子会社が、各部門の要件を十分にまとめきれていなかったり、業務フローの変更についてきちんと合意を得られないまま突っ走ってしまい、各部門から反発を受けて仕様のほうを変えざるを得なくなるということも、よくあります。

 そうした目論見違いが潰していけるレベルで収まればなんとか開発を進行させることができますが、規模や頻度が一定レベルを超えるとプロジェクトの進捗に支障が生じ、ベンダー側で工数増加やスケジュールの伸長が生じて、発注元企業は追加費用や開発の進め方の大幅な見直しを求められるということになります」

外資系ベンダーと日本企業ベンダーの違い

 NHKは開発を解除して代金の返還を求めたということだが、契約上、そのようなことは可能なのか。

「一般的なシステム開発の業務委託契約書では、相手方が契約書の定めに違反した場合は一方的に解除できると定められており、NHKとしては日本IBMが予め取り決めた開発方式や納期を守らないので解除したという論理でしょう。また、業務委託契約は成果物の納品とその検収をもって完了となりますが、システム開発が未完のまま納品物も納品されていないので代金は支払えませんよ、という主張でしょう。とはいえ、すでに日本IBM側では多くの工数が発生しており、今後の裁判のなかで『NHKと日本IBMの間で、開発が頓挫した責任の割合はどうだったのか』という点が争われて、裁判所がその責任割合を判断して賠償額を決めるということになるでしょう」(大手SIerのSE)

 日本IBMといえばNHKや前述の文化シヤッターとの契約以外でも、発注元との係争に発展する事例がしばしば生じている。野村ホールディングス(HD)と証券子会社・野村證券は2010年、社内業務にパッケージソフトを導入するシステム開発業務を日本IBMに委託したが、作業が大幅に遅延したことから野村は開発を中止すると判断し、13年にIBMに契約解除を伝達。そして同年には野村が日本IBMを相手取り損害賠償を求めて提訴した一方、日本IBMも野村に未払い分の報酬が存在するとして約5億6000万円を請求する訴訟を起こし、21年に控訴審判決で野村は約1億1000万円の支払いを命じられた。

 前出・田中氏はいう。

「これまでに法的紛争に発展した日本IBMの事例をみると、自社が提案する製品・パッケージソフトに関するノウハウが不足しており、開発を進めていくと業務に合わないことが判明したといったケースが起きているように感じます」

 大手SIerのSEはいう。

「多額の損失が発生するような大規模システム開発を元請けベンダーとして引き受けることができる企業というのは、国内だと日本IBMや富士通、日立製作所、NTTデータ、アクセンチュア、金融関連システムだと野村総研など数えるほどしかなく、必然的にこれらの企業に案件は集中するので、失敗する大きな案件を担当するベンダーはこれらのうちのどれかになる可能性が高いということになります。また、日本企業のベンダーは、体質的に顧客から無理難題を押し付けられても、ある程度なら対応してしまうという傾向がありますが、外資系ベンダーは『それは契約外なのでできない』『追加費用がかかります』とドライな対応をする傾向があり、そうした点も今回のように裁判に発展する結果につながった可能性もあるかもしれません」

(文=Business Journal編集部、田中健太/データアナリスト、鶴見教育工学研究所)

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