北極域では地球平均の3倍の速さで温暖化が進んでいるとされる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は世界が温室効果ガスの削減対策をしないと、最悪2050年に北極海の海氷がなくなると予測。多くの観測データが北極域の陸地上にできた氷床の減少も顕著であることを示している。気象学の多くの専門家は世界で頻発する熱波、豪雨や干ばつといった「極端気象」も北半球では北極園の温暖化がもたらす偏西風の蛇行が大きく影響していると指摘する。
大気や海水面の温暖化がもたらす気候変動による被害が甚大化して北極域の研究の重要性が一層増している。欧米の研究が盛んだが、国立極地研究所(極地研)と海洋研究開発機構(JAMSTEC)、北海道大学の3機関が中心となる日本の研究プロジェクト「北極域研究加速プロジェクト」(ArCSⅡ)などの成果が相次いで発表されている。


北極海氷下の蓄熱、20年で1.8倍に増加
北極海の海氷の下に蓄えられている熱量は1999年から2020年までの21年間で約1.8倍に増えたと、JAMSTECや北大、東京海洋大学の研究グループが年明けに発表した。地球温暖化の影響で太平洋側から流れ込む海水の温度が上昇していることに加え、海流が変化したことが要因という。
研究グループは海洋地球研究船「みらい」の2020年までの21年間に行われた北極域の航海で得られた太平洋側の「チュクチボーダーランド海域」の水温や塩分などのデータを詳しく分析した。貯熱量はチュクチボーダーランド海域の、延べ950地点を調べた。その結果、水深約 30~100メートルにある「海洋亜表層」の蓄熱量が大幅に増加していることが判明した。
今回の調査研究で太平洋側から暖かい海水が流れ込んで太平洋起源の熱量が増えたことに加え、チュクチボーダーランド海域に向かう海流が強まることで北極海の海氷下の蓄熱量が顕著に増加するというメカニズムがはっきりしたという。
研究グループは、蓄えられた熱が海氷の下で「床暖房」のような役割をして海洋亜表層での蓄熱を長期的に進行させており、海氷激減の引き金となる恐れがあるとしている。JAMSTECは2026年秋に竣工する北極域研究船「みらいⅡ」を活用して海氷変動のメカニズムをより詳しく解明していく方針だ。この研究はArCSⅡなどの支援を受けて行われ、論文は1月10日付英科学誌「サイエンティフィックリポーツ」に掲載された。
北極の海氷は長期的に減少傾向にある。観測史上最小面積を記録したのは2012年でその後更新されていないが、IPCCが2019年9月に公表した「海洋・雪氷圏特別報告書」は今後海氷が減少する可能性が高いと指摘。気象庁は24年の北極域の海氷面積は年最小値で1979年の統計開始以来4番目に小さかったとしている。


南極とともに北極研究を先導する極地研
IPCCの特別報告書は、海洋、雪氷圏が今後の全球的な気候変動を予測する上で重要な要素であると指摘している。1973年に創設された極地研は広く知られる南極観測だけでなく、北極域を含めた南北両極域の研究観測を進める中核機関だ。極地研の野木義史所長によると、国内共同研究や国際共同研究を通じて全国の大学の極地研究力強化にも力を入れている。グリーンランド、アイスランド、カナダ、アラスカなどに研究観測拠点を設置し、大気、雪氷、陸域生態、超高層大気、オーロラ等の国際共同観測を実施している。
巨大な氷床が形づくる南極と異なり、北極点は海氷上にある。海氷は薄く変化しやすい上に周囲はユーラシア大陸や北米大陸に取り囲まれて、一部地域では人間活動も行われている。米国、カナダ、ロシアなど北極海を囲む8カ国が加盟する北極評議会(AC)は2021年5月に「北極圏の温暖化は地球全体平均の3倍の速さで進行している」と報告している。
極地研は日本にも波及する北極域の気候変動の実態を解明するという大きな目標の下で大気、雪氷、海洋・陸域環境、超高層大気などの現地観測を進めてきた。国際研究の一例として、グリーンランド最大の氷流(NEGIS)の上流部で実施されている国際深層掘削計画に参加し、氷床の掘削や解析を行ってきた。
最近の研究成果例では、北海道大学などとも連携してグリーンランドの氷河で氷が流れる速さを6年間測定。氷の融解が激しい昼間や気温が高い時期、強い雨が降った直後、潮が引いて海水面が下がった時に氷河の流動が海に向かって加速することを確認したと2月4日に発表した。この成果はグリーンランドだけでなく、北極、南極で加速している氷河の縮小は気温上昇だけでなく、氷河の流動そのものの加速も要因であることを示しているという。
極地研は昨年10月には「北極域の気温上昇が雲の中の氷の微小結晶形成を促進するエアロゾル濃度を増加させる」とする研究成果を発表している。名古屋大学や東京大学とも連携した研究成果で、急速に進行する温暖化による北極域の雲の変化予測精度向上につながるという。北極域の雲は北半球の気象に影響する可能性が指摘されている。


極域は地球環境を左右する
国内外の多くの気象学研究者は北極の温暖化は偏西風の蛇行を引き起こす要因の一つと指摘している。そのプロセスや偏西風の蛇行がもたらす極端気象のメカニズムは複雑で、まだ未解明なことは多い。だが多くの研究は、北極域の温暖化が北極域と中緯度域との温度差を小さくし、これが偏西風の速度に影響を与えて流れが不規則になるとしている。
極地研の野木所長は「北極は南極とともに地球全体の大気や海水の温度のバランスをとっており、両極は言わば『地球の冷却装置』だ」と言う。地球を人類が生存できる適度な温度に保っているという意味だ。その北、南の両極が地球の温暖化により環境が激変して多大な影響をもたらしつつある。

極域の氷は氷床、氷河、海氷に大別できる。極地研によると、北極域の近年の氷床の損失は急激で、特にグリーンランドの氷床は1900年後半以降で質量減少が顕著。その要因は気温上昇による氷床表面の融解に加え、氷河が崩れて氷塊として海洋に流出していることだという。氷河も減少すると予測されている。
IPCCの海洋・雪氷圏特別報告書は、2006~15年の北極域の氷床は年平均200ギガトン(ギガは10億)以上減少し、1979~2018年の間、北極域の9月の海氷の面積は10年単位で見ると12.8%減少した可能性が極めて高いと具体的な数字を示した。
またIPCCが2021年に公表した「第6次評価報告書Jは、「1979~88年」と「2010~19年」の2期間の9月を平均して比較した北極域の海氷面積は約40%も減少し、その主要因は人間活動の影響と明示している。同報告書によると、2011年~20年の北極域の年平均海氷面積は少なくとも1850年以降で最小規模に達したという。


やはり温室効果ガス削減が急務
「北極域の海氷が2050年に消失する」とのIPCCの第5次評価報告書が示した最悪シナリオは「RCP8.5シナリオ」と呼ばれ、産業革命前比の今世紀末の温度上昇が「4度前後(3.2~5.4度)」を想定している。各国が温室効果ガス排出削減のための「追加的措置」を取らなかった場合で、各国の排出削減目標の引き上げが急務であることを示している。
JAMSTECは昨年12月に北極域同様に減少が指摘されている南極の海氷について「人間活動による温室効果ガスの影響が明らかになった」とする研究成果を発表。排出量を減らす「緩和策」を講じれば、海氷は2100年までに増加する可能性があることを示した。IPCCの報告書などが再三指摘するように北極域の海氷や氷床の減少対策も基本は温室効果ガスの排出削減であることは間違いない。
日本の現在の北極域研究プロジェクトのArCSⅡは、2023年4月に閣議決定された「第4期海洋基本計画」にも研究分野で国際貢献できる分野と位置付けられている。野木氏は「極域の環境激変についてはまだ不明なことが多い。今後この分野の研究の強化が必要で、次期プロジェクトに向けて新たな研究観測の展開を具体化する時期だ」と強調している。
