UnsplashのJohn Sekutowskiが撮影した写真
●この記事のポイント
・東京都では2040年に「65歳以上単身マンション世帯」が半数を占める見込み。
・認知症の居住者による迷惑行為や孤立死など、管理組合の対応困難なケースが増加。
・都はマンション管理士派遣を開始したが、現場では「法的限界」と「人の支援不足」が課題。
・本人、家族、地域、行政が連携する「共助インフラ」の再設計が急務に。
東京都は全国で最も高齢化のスピードが速い都市の一つだ。特に単身高齢者の増加は顕著で、東京都の推計によると、2040年には都内の65歳以上世帯の約半数が単身世帯になると見込まれている。
その多くが住むのは、1970〜90年代に大量供給されたマンション群だ。分譲時に30〜40代だった居住者がいま70〜80代を迎え、住民構成が一斉に高齢化している。都が2023年に実施した「マンション実態調査」では、築40年以上のマンションが都内で約36%を占め、居住者の平均年齢は60歳を超えた。
こうしたなかで浮上しているのが、「認知症を抱えた単身居住者」への対応問題である。
●目次
- 管理組合を悩ませる「認知症住民とみられるトラブル」
- 東京都の対策:マンション管理士の派遣開始
- 社会全体で問われる「住まいのセーフティネット再構築」
管理組合を悩ませる「認知症住民とみられるトラブル」
不動産コンサルタントの秋田智樹氏によると、近年、マンション管理組合から寄せられる相談は急増しているという。「ゴミ出しのルールを守らない」「夜間に大声を出す」「共用部に水を出しっぱなしにする」など、明らかに認知機能の低下が疑われる行動が見られるケースだ。
しかし、認知症は医療上の診断を受けなければ確定できず、他の居住者が“認知症かどうか”を判断することはできない。そのため、管理組合には強制力がなく、本人が拒否すれば立ち入りもできない。「マンション管理規約」は所有者の権利を保護する側面が強く、対応の限界が浮き彫りになっている。
都内の管理組合理事長(70代男性)はこう語る。
「ゴミを出し忘れたり、水漏れを放置したりする方が増えている。連絡しても『そんなことはしていない』と言われ、話が通じない。家族も遠方にいて、結局こちらが掃除や対応をしている」
こうした“軽度トラブル”は、実は大きなリスクの前兆でもある。火の不始末や漏水、孤立死など、物理的被害や周囲への影響が及ぶ事例も後を絶たない。管理会社団体によると、2024年度には都内マンションで年間400件超の「孤立死後の事故対応」が発生したという。
この問題を複雑にしているのは、「権利と尊厳の問題」である。民法上、認知症であっても居住権は保護される。管理組合や他住民が「追い出す」ような行為は人権侵害とされかねない。
一方で、他の居住者の安全や衛生が損なわれる場合、どこまで介入できるかの線引きが曖昧だ。高齢者が孤立し、地域包括支援センターなどとの接点を持たないケースも多い。秋田氏はこう語る。
「マンションは『個人の所有と共同体』の中間にある存在。公営住宅のように行政が直接介入することは難しく、支援体制を“つなぐ仕組み”が重要になる」
東京都の対策:マンション管理士の派遣開始
東京都は2024年度から、「マンション管理支援事業」を拡充し、マンション管理士を現場に派遣する制度を本格稼働させた。認知症が疑われる居住者への対応に困っている管理組合に、専門家が助言を行う仕組みだ。
たとえば、
・家族やケアマネジャー、地域包括支援センターとの橋渡し
・弁護士や社会福祉士と連携した法的支援の紹介
・管理規約における「安全配慮条項」の見直し提案
といったサポートが想定されている。
だが、都庁関係者の間でも「マンション管理士の人員が足りない」「対応件数が急増する」との懸念が広がる。高齢化のスピードに現場の支援体制が追いつかない現実がある。
一方で、単身高齢者自身が「認知症になったらどうするか」を考えておくことも重要だ。
東京都健康長寿医療センターの調査によると、都内の認知症有病率は2025年に15%、2040年には20%を超える見込み。
つまり、5人に1人が認知症になる時代が迫っている。そこで注目されているのが、「意思決定支援制度」や「見守り契約」の活用だ。
たとえば、
任意後見制度:認知症が進行する前に信頼できる第三者(親族・弁護士など)を指定しておく。
見守りサービス契約:管理会社や民間事業者が安否確認やトラブル時の通報を担う。
マンション内自治ルールの整備:孤立防止のための声かけ・緊急連絡体制づくり。
こうした備えを「元気なうち」に整えることが、結果的にトラブルを未然に防ぐことにつながる。
自治体レベルでも先行的な取り組みが始まっている。千代田区では、地域包括支援センターとマンション管理組合をつなぐ「見守り協定」を締結。認知症の疑いがある居住者を発見した際に、個人情報保護の範囲内で迅速に連携できる体制を整えた。
また、杉並区ではマンション管理組合連合会が中心となり、地域包括支援センター職員との「見守り勉強会」を定期開催。現場での困りごとを共有し、事例ベースで対応方法を検討している。
こうした取り組みはまだ点在的だが、「行政と民間の共助モデル」として全国の注目を集めている。
社会全体で問われる「住まいのセーフティネット再構築」
単身高齢者の増加は、もはや住宅の問題にとどまらない。それは「コミュニティの崩壊」と「制度の空白」が同時に進む社会構造の問題だ。
国交省のデータによれば、全国のマンションの約3割が将来的に管理不全化のリスクを抱える。特に東京都では、管理組合役員の担い手不足と高齢化が深刻で、対応力が低下している。
専門家の間では、
・マンションを地域包括支援センターの「拠点」として機能させる
・ITやセンサーを活用した「見守りDX」の導入(例:IoT水道メーターで異常検知)
・マンション再生事業と高齢者福祉を一体化した「複合型地域支援」
など、“住宅×福祉×テクノロジー”の統合的アプローチが提案されている。
「“認知症の人を排除する”ではなく、“認知症とともに暮らす”という社会モデルを作らなければならない。マンションはその最前線です」(秋田氏)
孤立を防ぎ、住民同士が支え合える仕組みをつくること――。それは、都心マンションだけでなく、これから全国で直面する「超高齢社会の縮図」でもある。マンションの老朽化と住民の高齢化が同時に進む時代。
法制度・管理体制・個人の備えをどう再構築していくか。この問題は、「都市の持続可能性」そのものを問う課題といえるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)