「最後の清流」として名高い高知県の四万十川。しかし、ここ数年は海藻類の青のりの収穫量がゼロ、もしくは少量という年が続いている。有明海や宮城県沖といった他の産地でものりが取れなくなっており、和食の象徴的な一品が危機にさらされている。そんな現状を知り、のりが採れる清流を残していくにはどのような行動が必要かを考えるイベント「サイエンスアゴラ in 四万十 ~海藻が育む、四万十の未来~」が、8月25日に四万十市の文化複合施設「しまんとぴあ」で開かれた。
四季折々異なった様相をみせる四万十川の清流(四万十市観光協会提供)
2020年に生産量ゼロ 地元に衝撃
高知県西部を流れる四万十川は、土佐湾から海水が流入するため、汽水域が生じる。真水よりも重たい海水が川の淡水の下に潜り込み、海水と川の淡水が混じった場所を青のりは好む。古くから、この汽水を利用したスジアオノリという青のりは特産品として四万十のシンボルだった。しかし温暖化の影響か、2020年に生産量はゼロになり、地元の人々に衝撃を与えた。今年、8人の生産者によって少量採れたものの、全盛期とはほど遠く、四万十川流域の住民らは落胆している。
スジアオノリは胞子で増殖し、鞭毛を使って適切な場所に着生する。そこで細胞分裂して「すじ」のように藻体が長く育ち、早春に漁は最盛期を迎える。しかし、通常の春~夏の海水温より温度が上昇することで、スジアオノリは藻体を伸ばせず、いつまでも短いままで育つことができない。これが近年の不作の原因と考えられている。
このような現状に危機感を持った高知大学は、地元の漁業協同組合や自治体、商社などと協力し、「しまんと海藻エコイノベーション共創拠点」(通称:しまのば)というプロジェクトを立ち上げ、海藻の資源回復や、海藻を食以外の方法で利用するための方策などを研究してきた。とりわけ陸上での養殖は軌道に乗り始めており、今後は市場に出荷できる収量を目指していくという。二酸化炭素を閉じ込めるブルーカーボンの役割も果たす海藻は、温暖化対策の切り札になるとも考えられている。
夏の思い出に 美しい瓶を作ろう
今回、しまのばの活動の一環としてのイベント内で、「観賞用アオノリをつくってみよう」というワークショップがあり、夏休み最後の思い出づくりの場に、日焼けした子どもたちが保護者とともに集まった。
ビーカーに入ったスジアオノリ。ビーカーを揺らすとふわふわと漂っていた
同大学農林海洋科学部の難波卓司准教授(細胞生物学、薬学)が冒頭、「コンビニで最近のりを巻いたおにぎり減りましたよね。ポテトチップスの青のりも今は天然の『スジアオノリ』ではありません」と紹介すると、子どもたちは手元のワークシートを見ながらうなずいていた。
四万十川からのりがなくなった要因の一つとして考えられているのが、海水温の上昇だ。「温暖化を防ぐために何か行動していることがありますか」と難波准教授が尋ねると、26人の参加者は恥ずかしそうに下を向くばかり。そこで、「水温が2度上がるというのは、お風呂の42度と44度が異なるようにかなり違う。ブリも九州でたくさん捕れていたのに、今では北海道で捕れる。海藻は暑くなった場所から移動できないので、成長できない」と解説すると、「へー」と小声で納得した声があがった。
スジアオノリの生態や、全国ののりの生産について説明する難波卓司准教授
難波准教授は、スジアオノリを各自配られた小瓶に移し、暗いところで光る夜光石と貝殻をピンセットで詰める工程を説明した。子どもたちはピンセットで細かいものをつかむことに試行錯誤しながらも、思い思いの品を作った。
先のとがったピンセットは使用が難しく、「つかめない」という声が上がった。こぼさないように慎重に作業を進めている
出来上がった小瓶を持ち上げて観察する子どもや、より多くのスジアオノリを詰めようと再びコルクを開けて押し込む子など、好きなようにアレンジしていた。この頃には緊張もほぐれたようで、「これを大きく育てるにはどうすればいいですか」といった質問や、「たくさん育ててお好み焼きパーティーやろうや」とノリノリの子どもたちで、室内は熱気に包まれた。
最後に難波准教授が「飾るなら直射日光に当たらない場所に置く。大きく育てたいなら海水を煮沸した後、冷まして入れるようにし、数日に一度、(同じようにして)水を変えるといい。白くなってきたら、死んでいるので捨てましょう」とアドバイスすると、子どもたちは「はい」と元気よく返事をしていた。
祖父母と参加した市内の小学2年生の男児(8)は「細かい作業が難しかった。飾るのも育てるのもどっちもしたい」と笑顔を見せた。母親に連れられて参加した市内の小学5年生(11)と2年生(7)の姉妹は「育てたいけど、家から海が遠いからできるかな……飾るようにしたい」と、出来上がった瓶をまじまじと見つめていた。
イベントに参加することで地元の特産品について子どもたちが考えるきっかけになりそうだ
難波准教授は「最盛期には多くの漁業者が漁に携わっていたと聞いている。もう一度四万十の青のりが復活するよう、新しい株の探索、高い温度でも育つような養殖方法など、様々な研究に取り組んでいきたい」と話した。
四季折々の川の変化 もう見られないのか
午前中のワークショップが終わると、午後には高知大学の受田浩之学長、四万十市の山下元一郎市長、四万十川下流漁業協同組合の沖辰巳組合長らがパネルディスカッションを行った。
受田学長は「最後の清流との言葉の通り、地元の自然に対する意識は高い。一方で、『最後の』という言葉はご想像の通り、自然環境が失われつつあることを示している。これまで産業振興と環境保全はトレードオフだった。産業が進行すれば公害が起こった。しかし、しまのばプロジェクトでは海藻の再生という産業振興と環境保全の両立を目指す」と語った。
それに呼応するように、沖組合長は「春は川に出てチヌ(クロダイ)を獲り、夏はカジメ(コンブの一種)の群集をかき分け、トコブシ(貝類)を獲り、そしてウナギにテナガエビと、季節ごとに異なる漁をしていたのが四万十川。地球温暖化のせいなのか私たちには分からないが、最近はこの景色が見られなくなっている」と悔しそうに語った。
地元の課題を肌で感じることができる山下市長も「人口減に温暖化という、市の抱える課題が数十年ずっと変わっていない」と、高知だけでなく、他の地方自治体にもいえる難題にため息をついた。
四万十川の自然保護に対する危機感をあらわにする(写真左から)受田学長、沖組合長、山下市長
地元の生徒 四万十川のこと「よく分からない」
このような地元の危機感を受け止め、中学生や高校生に出前授業を行っているのが同大学総合科学系黒潮圏科学部門の平岡雅規教授(海洋植物学)だ。平岡教授は四万十川から直線距離で500メートル離れたところに位置する高知県立中村高校などで、四万十川の今を考え、未来へのアイデアを出すワークショップを開いている。
中村高校は四万十市にあるが、宿毛市(すくもし)や黒潮町といった別の自治体からも生徒が通う。そのため「四万十川のことはよく分からない」と言われてしまった。全国区のはずの四万十川についてあまり知られていないことに衝撃を受けた平岡教授は、児童・生徒たちに対し、様々な環境教育を行ってきた。
1980年代の漁業最盛期に比べ、現在の四万十川は壊滅的だと話す平岡雅規教授
例えば「海藻は1キログラムで二酸化炭素1キログラムを固定できる環境にとても良い生き物である」ことや、「高知県の沿岸は世界平均の2倍の速さで温暖化が進んでいる」こと、「海藻の一種であるホンダワラ類は20種近くが高知県近海に生息しているが、近年熱帯性のホンダワラ類が増えて温帯性のものが減っている」こと、「これらの海藻が減る代わりにサンゴ類が増えている」ことなどを伝えている。
すると、児童・生徒たちは身近な環境がこれまでと様変わりしていることを自覚し、どうすればこの自然豊かな四万十を維持できるか、様々なアイデアを出してくる。例えば、青のりを原材料にしたハンガーを作る、青のりを使った衣類を生産するといった、思いもつかないようなアイデアをイラストにして発表する。そんな姿を見て、平岡教授は感激し、また出前授業に熱が入る。
平岡教授は今、向き合っている若者たちについて、「10年、20年後のビジョンを思い描くのは大変。でも、温暖化が進んでいることを毎年感じている。若い人たちにも選んでもらえる仕事がなければ、人口減が止まらない。四万十市だけでなく、近くの市町村も巻き込んだプロジェクトで海藻を復活させなければならない」と呼びかけた。
イベントは高知大学が主催し、国立研究開発法人科学技術振興機構・四万十市・高知県が共催した。今回、イベント出張にあたり、四万十川を含む高知の食材をたくさんいただくことができた。有名なカツオのみならず、強く味を感じられる野菜に、新鮮な魚介類、そして白米。どれもおいしく、農林水産業を守ることは国民の食生活を守ることなのだと痛感した。豊かな第一次産業を継承していくために、自分ができることを続けていきたい。