ノーベル化学賞の「MOF」って何?化学や半導体、様々な領域で新市場を生む可能性

ビジネスジャーナル 7 時 前
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ノーベル化学賞の「MOF」って何?化学や半導体、様々な領域で新市場を生む可能性の画像1UnsplashのAnastasiya Dが撮影した写真

●この記事のポイント
・ノーベル化学賞受賞の京大・北川進教授が発見した新素材「MOF」が、CO2回収や半導体など多分野で実用化へ進展。
・大阪ガスやレゾナック、日本フッソ工業などがMOFを活用し、脱炭素や耐食性向上などの事業を加速。
・AIによる素材設計と融合し、MOFは日本の「素材立国」復権とGX産業の新たな成長軸を担う可能性が高まっている。

 ノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進教授。その功績を支えたのは、ナノレベルで分子を吸着・分離できる新素材「金属有機構造体(MOF)」だ。かつては実験室の中の研究素材と見なされていたこの“空孔素材”が、いま産業界で急速に実用化フェーズへと進んでいる。

 大阪ガスのCO2回収、レゾナックの分離膜技術、日本フッソ工業の耐食コーティング──。エネルギー、化学、半導体、あらゆる領域で新市場を生むMOF革命の全貌を追う。

ノーベル化学賞が示した新素材革命、世界で進むMOFビジネス

 2025年、京都大学・北川進教授がノーベル化学賞を受賞した。受賞理由は、金属イオンと有機分子を組み合わせて構築する「金属有機構造体(MOF)」の創出。

 ナノレベルで空間を制御できるこの素材は、CO2吸着やガス分離、水素貯蔵、触媒反応など、環境・エネルギー分野を根本から変えるポテンシャルを持つ。

 MOFとは、いわば“原子で設計されたスポンジ”だ。内部に無数のナノ孔を持ち、そこに特定の分子だけを選択的に吸着できる。空孔サイズや化学的性質を自在にチューニングできるため、従来の多孔質素材(活性炭やゼオライト)では不可能だった分離・貯蔵が可能となる。

 北川教授の研究が契機となり、現在、世界では40社を超える企業やスタートアップがMOF関連事業に参入している。米国のNuMat Technologiesは半導体製造に用いる高純度ガスの分離・貯蔵素材を開発し、Intelなどと提携。スイスのMOF Technologiesは大気中からCO2を回収するDAC向け素材を供給し、中国では上海MOF Materialsが量産体制を確立している。

 市場規模は2024年時点で約5億ドル、2035年には30億ドルを突破すると予測される。なかでも日本企業の存在感は大きく、素材・エネルギー・化学の三領域で実装が進んでいる。

・大阪ガス:大気からCO2を“吸い取る”都市ガス革命

 大阪ガスは、MOFを用いたダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)を開発。大気中の微量なCO2を効率的に回収し、再利用する技術だ。

 同社はMOFによってCO₂を高効率で吸着・放出できるプロセスを確立し、回収したCO2をメタン化する「eメタン」計画と連携。

 2050年には都市ガスの50%以上をeメタンなど再生可能ガスに転換する構想を描く。燃料を“分子レベルから再設計する”構想の中核を担うのが、まさにMOFである。

・レゾナック:CO2を“原料”に変える分離技術

 化学大手・レゾナックは、MOFを使ったCO2分離回収プロセスを実証中だ。従来のアミン吸収法はエネルギーコストが高く、設備腐食のリスクが課題だった。
 MOFなら低温・低圧でCO2を吸着・放出でき、運転エネルギーを大幅に削減できる。

 レゾナックは2035年度をめどに、プラントや発電所での実用化を進め、回収CO₂を用いた化学品製造へも展開する構想を掲げる。

 CO2を「廃棄物」ではなく「資源」に変える──。その構造転換を支えるのがMOFという分子素材だ。

・日本フッソ工業:ナノコーティングで金属タンクの寿命延伸

 日本フッソ工業は、プラントの貯蔵タンクや配管の内壁コーティングにMOFを導入。金属表面の酸化・腐食を抑制し、耐食性を数倍に高めることに成功した。

 フッ素樹脂コーティングでは対応できない高温・高圧環境でも安定性を保つため、化学プラントのみならず、半導体製造装置にも応用が拡大。

 ナノレベルの構造制御が求められる半導体分野では、MOFが次世代プロセスの要になる可能性もある。

“分離革命”が産業構造を変える

「世界の産業用エネルギーの15〜20%は、分離・精製プロセスに費やされているといわれます。空気から酸素や窒素を分ける、排気からCO2を除去する――これらは高温・高圧を必要とするため、膨大なエネルギーを消費します。MOFはこうした工程を常温付近で実現できます。つまり、工業プロセスそのものの“省エネ構造”を実現する素材で、分子レベルで設計された空孔が、エネルギー効率を劇的に高めることが期待されるのです」(物質科学研究の専門家)

 MOFは学術だけでなく、スタートアップエコシステムでも注目を集めている。京都発のAtomisは、水素やメタンを安全に貯蔵できるMOFガス容器を開発。米H-MOFは医薬品や香料の分子カプセル化を進める。欧州ではMOFappsがデータセンターの冷却システムに応用中だ。

 さらに、AIによる材料設計の自動化も始まっている。分子シミュレーションと生成AIを組み合わせ、用途ごとに最適なMOF構造を“自動生成”する取り組みが進行中だ。「素材をつくるAI」が、次の産業革命の火種となる。

 1980年代、日本は炭素繊維やセラミックスで世界を席巻した“素材立国”だった。だが近年、量産・商用化スピードで欧中に遅れを取った。しかし、MOFはその雪辱の機会となる可能性がある。

 北川教授のノーベル賞は、単なる学術的栄誉ではない。学界・産業界・スタートアップが結びつくことで、日本は再び「分子で世界を設計する国」として復権できるかもしれない。

 MOFはエネルギー、化学、半導体、インフラなど、多様な産業を横断する“プラットフォーム素材”である。CO2回収からデバイス材料まで、社会課題の最前線を支えるテクノロジーが、いま静かに日本から世界へ広がっている。

「分子を設計して、社会を設計する」。北川教授が示したこのビジョンは、AI時代の素材革新とGXを結ぶ日本発の希望のシナリオでもある。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

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