介護離職10万人超の衝撃…知らないでは済まされない“年間93日休める制度”

ビジネスジャーナル 6 時 前
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介護離職10万人超の衝撃…知らないでは済まされない年間93日休める制度の画像1UnsplashのJoey Huangが撮影した写真

●この記事のポイント
・公的制度として、従業員は「年間93日の介護休業」を取得可能。しかも賃金の約7割が支給される。
・2025年5月の法改正で、企業には介護支援の「義務化」が進行。
・介護離職は年間10万人を突破。人材流出防止には、企業が制度を理解し“辞めさせない仕組み”づくりが不可欠。

 厚生労働省によると、介護や看護を理由に離職した人は2023年度で10万4000人。過去最多を更新した。働き盛りの40〜50代が中心で、企業にとってはまさに「中核層の喪失」である。

 特に中小企業では「介護のために退職します」と告げられて初めて事態を知るケースが多く、制度を理解していれば離職を防げた可能性も高い。人事労務コンサルタントの松田美里氏はこう指摘する。

「介護休業や時短勤務など、法律で認められた制度を会社がきちんと周知していないケースが非常に多い。社員本人が“迷惑をかけるから”と辞めてしまうのは、制度を知らないことが最大の要因です」

●目次

  • 勤務先に関係なく使える「年間93日」の介護休業
  • 2025年5月の法改正で企業義務が強化
  • 介護離職が「経営課題」になる理由
  • 成功企業の事例:トヨタ・NTT・花王の共通点
  • 企業側が把握しておくべき3つのポイント

勤務先に関係なく使える「年間93日」の介護休業

 意外と知られていないが、介護休業は企業の就業規則に関係なく、公的制度として誰でも利用できる。
 厚労省の「育児・介護休業法」により、家族1人につき通算93日(約3か月)まで取得可能だ。分割して最大3回に分けて取ることもできる。

 さらに、休業期間中には雇用保険から「介護休業給付金」が支給され、休業前賃金の約67%(手取りベースで約7割)を受け取れる。このため、経済的に仕事を辞める必要はない。

 しかも、有給休暇とは別に介護休暇(年5日:家族1人につき)も取得でき、短期の通院付き添いなどにも活用できる。

「“うちは介護休暇なんて制度ないよ”という企業がいまだにありますが、それは誤解です。介護休業も休暇も“法律で定められた権利”であり、企業は就業規則に記載していなくても対応義務があります」(松田氏)

2025年5月の法改正で企業義務が強化

 2025年5月に施行された法改正では、企業の責任がさらに明確になった。改正ポイントは次の3点である。

・介護と仕事の両立支援制度の説明義務化
 企業は社員から申し出がなくても、介護休業や時短勤務など利用可能な制度を説明しなければならない。
・個別面談・相談対応の義務化
 介護が必要な社員に対し、業務調整や在宅勤務などの選択肢を検討・提示する必要がある。
・残業免除制度の義務化
 介護を理由に残業を免除することが法律で定められた。これを拒否すれば法令違反となる。

 つまり、「社員が言ってこないから対応しない」では済まされない。企業側の“先回り支援”が求められているのだ。

 それでも認知度は低い。厚労省の2024年調査では、「介護休業を取得できると知っている」社員はわずか34%にとどまる。背景には、中小企業における人事担当者のリソース不足がある。

「大企業では介護離職防止セミナーを実施したり、社内ポータルで情報発信をしていますが、中小企業では“知る人がいない”という構造的課題がある。社会保険労務士や外部研修を活用して仕組みを作ることが重要です」(同)

介護離職が「経営課題」になる理由

 介護離職は単なる個人事情ではない。企業にとっては深刻な経営リスクだ。生産性が高いベテラン層の離職は、育成コストや知識継承の面でもダメージが大きい。特に今は、あらゆる業界で人手不足が深刻化している。

 帝国データバンクの調査によれば、正社員不足を感じる企業は過去最高の57.2%。その中で介護離職が進めば、採用コストの上昇とともに現場の負担も増大する。

「“介護支援は福利厚生”という認識は時代遅れです。もはや“人材確保戦略”の一環。介護対応の柔軟性がある企業ほど、社員のエンゲージメントが高く、採用・定着率も上がる傾向があります」(同)

 では企業は、どうすれば介護離職を防げるのか。ポイントは「制度の可視化」と「先回り支援」の2つだ。

1.社内での情報共有と相談ルートの整備
 介護は突然始まる。親の入院、要介護認定などで、数週間で生活が激変する。そのため、社内イントラネットや人事面談で制度を“見える化”することが第一歩。また、直属の上司が制度を知らないと、相談すらできない。管理職研修で最低限の知識を持たせる必要がある。

2.仕事の“再設計”を前提にする
「長期休む=仕事が止まる」ではなく、タスクの分散・チーム体制化を平時から設計する。介護休業中の代替人材を社内で確保できるよう、リスキリングやジョブシェアも有効だ。

3.柔軟な勤務制度を導入する
 在宅勤務・時差出勤・短時間正社員などを組み合わせることで、介護と両立しながらキャリアを継続できる。特に、ICT化でリモート管理が容易になった今、「勤務形態の柔軟化」こそ最大の防止策となる。

成功企業の事例:トヨタ・NTT・花王の共通点

 すでに多くの大手企業が「介護離職ゼロ」に向けた取り組みを進めている。

トヨタ自動車:家族介護の段階に応じて、休業・時短・在宅を組み合わせた「フェーズ型支援」を導入。
NTTグループ:社員が介護状態を匿名相談できる「ケア・コンシェルジュ」制度を導入。
花王:介護経験社員が相談員として支援する「ピアサポート制度」を設置。

 これらの企業に共通するのは、“法定以上の制度整備”と“早期の情報共有”だ。田島氏はこう強調する。

「介護は“突然始まり、終わりが見えない”という特徴があります。だからこそ、企業が早い段階でサポートに入る仕組みを作っておくことが、結果的に人材を守り、企業の競争力にもつながるのです」

 2025年には団塊世代がすべて75歳以上となる。つまり、社員の3人に1人が親の介護リスクを抱える時代が到来している。介護はもはや特別な事情ではなく、「全員に訪れるライフイベント」だ。

「企業にとって“介護離職を出さない”ことは、これからの人的資本経営のベースラインです。制度を知らなかった、伝えていなかった――それはもう言い訳になりません」

企業側が把握しておくべき3つのポイント

 ・介護休業は「法律で定められた権利」であり、勤務先の制度に関係なく取得可能。
 ・2025年法改正で、企業に説明・支援の義務化が進行。無知はリスクになる。
 ・介護離職を防ぐことは“人材戦略”。柔軟な勤務制度と早期のサポート体制づくりがカギ。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=田島美里/人事労務コンサルタント)

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