森永乳業、牛ふん尿からメタンガスを回収…酪農の持続可能性を支える挑戦

ビジネスジャーナル 1 月 前
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森永乳業、牛ふん尿からメタンガスを回収…酪農の持続可能性を支える挑戦の画像1UnsplashのMRC Témiscamingueが撮影した写真

●この記事のポイント
・森永乳業が牛ふん尿からメタンガスを回収し、発電や堆肥化、独自技術による浄化まで行う仕組みを導入。酪農経営の負担軽減を狙う。
・直接的な収益性よりも、ふん尿処理の課題解決や経営リスク低減を重視。規模拡大を進める酪農家の選択肢を広げる意義が大きい。
・サステナビリティ中長期計画2030の一環として推進。地域資源の循環利用を見据え、酪農の持続可能性を支える挑戦を続けている。

 食品大手・森永乳業が、酪農現場から排出される牛のふん尿を活用し、メタンガスを回収する取り組みを進めている。温室効果ガス削減という環境対応にとどまらず、酪農経営そのものの持続性を高めることを目的としたプロジェクトだ。同社 調達本部酪農部 酪農グループ マネージャーの内藤健憲氏に取材した。

●目次

  • 酪農事業の裏側にある「ふん尿処理」の重い課題
  • 「メタン回収型」処理システムの全体像
  • 経営判断の背景:「ただの更新では意味がない」
  • 独自性を支える「森永エンジニアリング」の技術
  • 投資かコストか——普及の条件

酪農事業の裏側にある「ふん尿処理」の重い課題

 酪農経営の現場で避けて通れないのが「ふん尿処理」だ。日本では従来、堆肥化によって処理するのが一般的だが、課題は多い。

 ・牛ふんは水分が多く、発酵が進みにくい
 ・水分を減らすために大量のおがくずなどを混ぜる必要がある
 ・結果として運搬量や保管スペースが増大し、コストや労力が重くのしかかる

 さらに、処理の過程で発生するメタンはCO2の25倍もの温室効果を持ち、温室効果ガス排出源としても問題視されている。

 内藤氏は「酪農家にとって処理は経営的にも精神的にも大きな負担です。コスト削減にはつながりにくいのですが、処理がうまくいかなければ経営そのものが立ち行かなくなる」と語る。

「メタン回収型」処理システムの全体像

森永乳業、牛ふん尿からメタンガスを回収…酪農の持続可能性を支える挑戦の画像2

 森永乳業が導入したのは、牛ふん尿を密閉槽で嫌気発酵させてメタンを回収し、発電に活用する仕組みだ。さらに、発酵後に残る消化液については、固形分を堆肥として再利用し、液体部分を独自技術で浄化するまでが一連の流れとなっている。この浄化工程は酪農家にとって大きな負担となってきた糞尿処理の軽減に直結する点で大きな意義がある。以下にシステム全体の工程を整理する。牛舎から排出された糞尿は以下の流れで処理される。

 (1)受入設備:農場から集めたふん尿を投入
 (2)発酵槽:嫌気発酵によりメタンを発生させ、ガスを回収
 (3)敷料製造設備:固液分離し、固形分を好気発酵させて牛舎の敷料や堆肥に再利用
 (4)濃縮器:液体部分からさらに固形分を分離、堆肥資源を回収
 (5)MOラグーン(浄化槽):残った処理水を浄化し、放流可能な状態に

 ここで得られる電力は「カーボンニュートラル電力」と位置づけられ、再生可能エネルギーとして活用される。

経営判断の背景:「ただの更新では意味がない」

 もともと、この設備導入の背景には「農場の既存処理設備の更新時期」があった。従来型に作り替えることもできたが、森永乳業は「酪農業界の課題解決につながる新しい仕組みに挑戦しよう」と判断した。

 内藤氏は「財務的なインパクトを狙ったわけではありません。むしろ“業界全体の持続性に貢献できるか”を重視しました」と強調する。

 メタンガス回収による発電収益は限定的であり、大きな利益を生み出すモデルにはなっていない。だが内藤氏は「重要なのは収益ではなく、酪農経営の選択肢を広げること」だと指摘する。

 特に規模拡大を進める酪農家にとって、人手不足や堆肥を散布する圃場の確保の難しさから、ふん尿処理がボトルネックになることが多い。処理のめどが立たなければ牛舎の拡張も難しいが、この仕組みが導入されれば拡大の足かせが和らぐ。

「直接的なコスト削減効果は小さいですが、経営上のリスクを減らし、将来的な拡大を可能にする点で価値があります」(内藤氏)

独自性を支える「森永エンジニアリング」の技術

 本プロジェクトの特徴の一つが、グループ会社・森永エンジニアリングの技術を活用している点だ。同社はこれまで食品工場向けの排水処理設備を手掛けており、そのノウハウを酪農分野に応用した。

 特に「浄化工程」は独自性が高く、におい対策や処理水のクリーン化など、地域社会との共生にも直結する。

 森永乳業が描くのは、自社農場にとどまらない地域単位での資源循環だ。

 ・牛ふん尿 → エネルギーや肥料
 ・野菜残渣など農産廃棄物 → バイオガス資源に活用
 ・発電された電力 → 地域利用や災害時の非常電源

「酪農家だけでなく、地域全体で資源を循環させる仕組みをつくれれば、酪農の社会的役割も広がります」(内藤氏)

 森永乳業は「サステナビリティ中長期計画2030」のなかで「資源と環境」を重点テーマの一つとして掲げている。生乳調達においてGHG削減は避けて通れない課題であり、その一手としてメタン回収事業を位置づけている。

「一つの技術で大幅にGHGを減らすのは難しい。地域や経営規模によって適した方法は異なります。我々は“解決策の一つを提示する責任”があると考えています」(内藤氏)

投資かコストか——普及の条件

 環境対応が「コスト負担」になれば普及は進まない。内藤氏は「酪農家にとって財務的にもプラスになること」が条件だと語る。

「環境価値と経済性の両立がなければ、どんなに意義のある技術でも広がりません。今は一部実証段階ですが、酪農経営にメリットをもたらす形にしていくことが不可欠です」

 現時点では一部実証試験中であり、 海外進出は時期尚早とされるものの、将来的には地域単位でのエネルギー地産地消、災害時の電力供給など、多面的な発展が視野に入る。

「食品メーカーが環境エネルギーにどう関わるか。その模索の一つが今回の取り組みです。収益だけを目的にするのではなく、酪農の基盤を守ることこそ我々の役割だと思っています」(内藤氏)

 森永乳業のメタンガス回収事業は、単なるSDGs対応のアピールではない。直接の収益性は薄いものの、酪農家の負担を軽減し、持続可能な生乳調達を支える「見えない投資」である。

 食品メーカーが環境と経営をどう両立させるか。その答えの一つとして、このプロジェクトは今後の酪農・畜産業界の方向性を示唆している。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

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