大阪・関西万博2025会場(「Wikipedia」より)
●この記事のポイント
・大阪・関西万博閉幕後の夢洲跡地をめぐり、「大屋根リング」の保存や再開発、IRとの一体運営などを軸に多様な構想が浮上している。
・F1サーキットや大型エンタメ施設の設置など、富裕層インバウンドを狙う都市開発案が検討される一方、財政負担や治安・景観への懸念も根強い。
・跡地活用の方向性は「観光リゾート型」か「知的産業都市型」かで分岐しており、行政・経済界・市民が問われるのは“誰のための開発か”という長期的ビジョンだ。
2025年10月13日、半年にわたって開催された大阪・関西万博が閉幕した。総来場者数は目標の2800万人を上回る勢いで推移し、「人類の未来社会」を掲げた万博はひとまず成功裏に幕を下ろした。しかし、今、注目が集まっているのは“その後”の夢洲(ゆめしま)だ。
跡地をどう活用し、大阪・関西の経済をどう再活性化させるのか。これからの議論は、万博本番以上に難しい。
●目次
- 「大屋根リング」をどうする? レガシーか、リセットか
- F1サーキット、テーマパーク…次世代エンタメ都市構想
- 過去の「跡地再開発」から学ぶ――成功と失敗の分岐点
- 経済波及効果と政治的思惑――「ポスト万博」の現実
- ロードマップと課題――公募・選定・整備の現実的スケジュール
「大屋根リング」をどうする? レガシーか、リセットか
万博の象徴ともいえるのが、全長約2kmに及ぶ「大屋根リング」だ。建設コストは数百億円規模。これを「大阪の新ランドマーク」として恒久的に残すべきか、撤去して次の民間開発に委ねるべきかをめぐって、議論が分かれている。
維持派は、パリ万博の「エッフェル塔」や、愛知万博跡地の「モリコロパーク」のように、“一目でわかる象徴”を残すことが都市ブランド形成の要だと主張する。一方で、反対派は「維持費の負担が莫大」「IRとの景観整合性が取れない」と懸念を示す。
大阪市関係者は、「全面撤去か一部活用かを年内に方向づけたい」としており、大屋根リングの扱いは、跡地開発全体の“哲学”を映す鏡となる。
F1サーキット、テーマパーク…次世代エンタメ都市構想
跡地開発をめぐって浮上している構想は多岐にわたる。
その一つが、F1グランプリの常設サーキット設置案だ。夢洲の地形は海沿いで広大な平地が続き、観客席やピットを備えるレーストラックの建設に適しているとされる。大阪湾岸の夜景を背景にした「大阪ナイトレース」が実現すれば、世界的な注目を集める可能性は高い。
もう一つは、大型テーマパークやエンタメ複合施設構想だ。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)との相乗効果を狙い、ライブ会場、アートミュージアム、カジノ・リゾートと連動した「西日本最大のエンタメゾーン」を目指すという構想もある。
これらはいずれも、「IR(統合型リゾート)」との一体運営を前提にしている点が特徴だ。
万博跡地に隣接する形で建設が進むのが、大阪IR(統合型リゾート)だ。カジノを含むこの大型複合施設は、シンガポールの「マリーナベイ・サンズ」やマカオの「ギャラクシー・リゾート」と並ぶ、アジアの高級観光拠点を目指す。
跡地活用を考えるうえで不可欠なのは、このIRとの「シナジー設計」である。IRの集客力を観光・MICE(国際会議)・エンタメ・スポーツなど周辺施設と結びつけ、「富裕層インバウンドの長期滞在を促すリゾートクラスター」として機能させられるかが、成功の分かれ目となる。
大阪観光局の担当者はこう語る。
「アジアの富裕層は“ワンストップで楽しめる都市”を求めている。ショッピング、アート、自然、カジノ、スポーツ、いずれも徒歩圏内にあるような夢洲を目指すべきだ」
とはいえ、課題も多い。
カジノへの反対運動はいまだ根強く、自治体内でも「公費負担の増大」「治安悪化」「ギャンブル依存」などを懸念する声は少なくない。さらに、交通インフラ――特に夢洲と大阪中心部を結ぶアクセスの強化が急務であり、公共投資と民間資金の最適バランスが問われる。
過去の「跡地再開発」から学ぶ――成功と失敗の分岐点
大阪万博跡地の未来を考えるうえで、過去の大型イベント跡地は多くの示唆を与える。
「1970年の大阪万博跡地(吹田市)は『万博記念公園』として再整備され、太陽の塔や記念館が観光資源として生き続けている。一方で、2010年の上海万博跡地は一部が産業展示場や美術館として再利用されているが、一時的なイベント施設が恒久的経済価値を生むには困難が伴うことも明らかにした。
成功事例に共通するのは、『イベントの理念を空間に再翻訳する試み』があったことだ。今回の大阪・関西万博が掲げたテーマは『いのち輝く未来社会のデザイン』。この理念をどう形に落とし込むか――例えば次世代モビリティ実証拠点、AI・GXスタートアップ拠点、海上都市実験区といった方向性も有力だ」(大阪で不動産開発に携わる大手デベロッパー幹部)
経済波及効果と政治的思惑――「ポスト万博」の現実
跡地の再開発は、単なる都市計画ではない。そこには政治・産業・自治体の思惑が複雑に絡む。万博開催を主導した大阪府・市、経済界、IR事業者(オリックス、MGMリゾーツ)など、関係主体が多岐にわたるため、誰が主導権を握るかが焦点だ。
仮に一体運営が進めば、MGMリゾーツが中心となってIR+エンタメ複合型都市構想を描く可能性もあるが、一方で大阪府は「産業・研究機能」を強化する方向を模索。大学・研究機関誘致、スタートアップ支援拠点の整備など、知的産業都市としての展開を主張している。
つまり、夢洲の未来は「観光リゾート都市」か「知の実験都市」かという二重の選択を迫られている。
ロードマップと課題――公募・選定・整備の現実的スケジュール
2026年にも跡地の民間事業者公募が始まり、同年中に開発コンセプトを決定。2030年前後の一部エリア供用開始を目指すというのが現在の見通しだ。ただし、万博後のインフラ整備費用の見積もりが膨らめば、民間参入の足かせとなる。
また、IRの開業時期が2029年にずれ込む可能性があるため、両プロジェクトのスケジュール調整が最大の焦点となる。この点について、関西経済連合会の幹部は次のように語る。
「万博、IR、跡地開発をそれぞれ別々に進めるのではなく、関西全体の成長戦略の文脈で再設計する必要がある。いま問われているのは“誰のための開発か”ということだ」
大阪万博の跡地は、単なる土地の問題ではない。「大阪という都市をどうデザインするか」という問いそのものだ。
レガシーとして過去を残すのか、新たな街として未来を描くのか。
・エンタメとIRで世界の富裕層を呼び込む「大阪版ラスベガス」
・AI・GXを実証する産業実験都市「日本のシリコン湾」
・市民の憩いと文化発信の拠点「大阪版セントラルパーク」
どの道を選ぶにしても、問われるのは長期的な都市哲学と、地域住民を巻き込む覚悟だ。いま、夢洲は“白紙のキャンバス”に戻った。次にどんな色を塗るのか――その筆を握るのは、行政でも企業でもなく、私たち自身かもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)