テングザルのオス 大きな鼻が生む声の個性で、お互いを識別か

Science Portal 3 時 前
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 ユニークな大きな鼻で知られる東南アジア・ボルネオ島の「テングザル」の大人のオス。彼らの鼻の大きさが声の個性を生んでいることを、大阪大学などの研究グループが発見した。人間同士が声を聞き分けるのと同様に、集団の中で個体を識別するのに役立っているかもしれない。テングザルの複雑な社会構造を支えている可能性があるという。

テングザル。オスの鼻は成長すると大きくなる(松田一希・京都大学教授提供)テングザル。オスの鼻は成長すると大きくなる(松田一希・京都大学教授提供)

 テングザルのオスの鼻は成長すると大きくなり、声が低くなる。バイオリンより大きなチェロやコントラバスの方が、奏でる音が低いのに似ている。低い声には、体の大きさをアピールしたり、メスを引きつけたりする効果があるとみられる。彼らの鼻が大きいほど声が低いことは知られていたが、鼻が声にどのような音響の効果を及ぼしているのかについて、詳しいことは分かっていなかった。

 そこで研究グループは、動物園の標本のCT(コンピューター断層撮影)画像を基に、コンピューター上に鼻の立体モデルを作成。これを使ったシミュレーションとレプリカ(複製)による音響実験を通じ、声の成分が増幅する4つの周波数帯を明らかにした。またシミュレーションでは、大人のオス同士で鼻の大きさが違うと、4つの周波数帯のうち特定の1つだけが異なっていた。この違いが声の個性を生んでいると考えられる。「周波数帯全体が違っているだろう」との予想に反する結果となったという。

 今回の結果のみでは断定できないものの、テングザルが声を基に、大人のオスの体の大きさだけでなく個体そのものを識別している可能性がある。テングザルは1頭のオスと複数のメスからなる単位集団で暮らしていて、どちらも別の集団に移動することがある。また、複数の単位集団が集まった上位の集団もあり、重層的で複雑な社会構造を持つ。こうした中で、声を聞いて相手が誰なのかを識別できれば、オス同士が衝突を回避したり、メスや子供が集団内で適切に行動したりするのに役立ちそうだ。テングザルの大きな鼻の秘密に迫る成果となった。

 研究グループの大阪大学大学院人間科学研究科の西村剛教授(生物人類学)は「観察だけでなく、シミュレーションや実験をしたからこそ得られた成果だ。『声が低いから体が大きいヤツ』というだけでなく『これはアイツの声だ』と認識することで、効率良く行動できるのではないか。実際に声で個々を識別しているのか、さらに検証が必要だ。私たちの社会でも、互いに個々を認識して行動する。社会の複雑さに応じ、声の個性が強調されるような進化が起こったのかもしれない。体の機能と社会との関連性は興味深い」と話している。

テングザルのオスの頭部のCT画像(松田一希・京都大学教授提供)テングザルのオスの頭部のCT画像(松田一希・京都大学教授提供)

 研究グループは大阪大学のほか、立命館大学、京都大学、日本大学、横浜市繁殖センター、よこはま動物園ズーラシア(横浜市)で構成。成果は物理学と生命科学の複合領域を扱う英国王立協会誌「インターフェース」に8月13日に掲載され、大阪大などが同25日に発表した。研究は日本学術振興会科学研究費、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受けた。なお、テングザルは国内ではズーラシアのみが展示しているという。

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