国際宇宙ステーション(ISS)で飛行士の長期滞在が今月初め、四半世紀の節目を迎えた。この間、実験棟「きぼう」や物資補給機「こうのとり」「HTV-X」の運用、14回の長期滞在などを通じ、わが国は技術やノウハウを蓄積してきた。滞在中の油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)は先月末、HTV-X初号機をロボットアームで捕捉し、無事にISSに迎え入れた。油井さんにバトンを渡して帰還した大西卓哉さん(49)は会見で、日本人3人目となった船長の任務について「非常に大きな財産になり、日本の存在感も高まった」と振り返っている。
「見た目は違っても…」
国際宇宙ステーション(NASA提供)
ISS計画には米露や日本、欧州、カナダの計15カ国が参画。1998年、高度400キロの軌道上に建設を始め、2000年11月2日に米露の飛行士3人が初の長期滞在を開始した。それ以降、参加国の飛行士が概ね半年交代で常駐し、無重力を生かした実験などを続けてきた。
日本は2009年の若田光一さん(62)を皮切りに、毎年のように長期滞在を経験している。同年には「きぼう」が完成。また20年までに9機の「こうのとり」の運用に成功し、HTV-Xへと役割を引き継がせた。地上の管制や飛行士養成、支援のノウハウも高めてきた。一方、ISSでは近年、ロシア区画の一部で空気漏れが続き、米航空宇宙局(NASA)が「安全上、最高のリスク」とも指摘している。ISSは30年に運用を終えるが、各国は得られた知見を国際月探査や民間宇宙ステーションなどに生かしていく。
先月30日にHTV-Xを捕捉した油井さんは、翌31日、X(旧ツイッター)に、搭載物資を運び出す作業を始めたことを投稿。「お腹の中に入ってみて分かるのは、外見の見た目は違っても『こうのとり』君の兄弟だということです。(自身が「こうのとり」5号機を捕捉した)10年前のことを、とても懐かしく思い出しました」とつづっている。
油井さんは実験などの作業の傍ら、撮影に注力。地球や星々を写し込んだ美しい写真や動画の“作品”を精力的にXに投稿し、注目を集めている。ISSに係留中のHTV-Xも画面に取り込み、「HTV-X君のおかげで寝る前に何も考えずに撮影しても、美しい写真が撮れるようになりました」と充実した様子だ。
油井さんが今月1日、Xに投稿した係留中のHTV-Xの写真。地球や宇宙の美しさを画面に十分に取り込むのが作風になっている(JAXA提供)
ISS「かなり成熟段階に入った」
一方、3月から146日間を過ごした宇宙に別れを告げ、8月に地上に帰還した大西さん。地上の重力に適応するためのリハビリを経て、先月3日に都内で会見した。
会見する大西さん=先月3日、東京都千代田区
大西さんは、自身2回目となった滞在の総括として(1)米国の物資補給機「シグナス」の飛行が地上の事故で中止され、一部の装置が届かないなどの影響を受けたものの、その制約の中で「きぼう」を最大限に活用できたこと、(2)地上できぼうの「フライトディレクタ」として運用管制を行った経験も生かし、船長として滞在中の飛行士をまとめたこと、(3)自身に続いて滞在中の油井さんと合わせ、日本人が1年近くISSに滞在し続けること――を挙げた。「日本のプレゼンス(存在感)向上にも、役立てたのではないか」と手応えを語った。
飛行は実に9年ぶりで、ISSの変化が印象的だったという。「前回の2016年は、まだISSが完成して数年だった。今回はかなり成熟段階に入ったと感じた。かつて飛行士が手を動かしていた作業は、遠隔化や自動化が進んだ。実験装置も省力化、効率化している」。なおNASAは、ISSが11年に完成したとしている。今後の有人宇宙開発については「ISSが積み重ねてきた知見を、民間宇宙ステーションにつないでいくことが大事だ」と展望した。
「グレーな期間」の役割分担、明確化
船長を務めたのは、4月19日~8月5日の3カ月半。飛行士を統括し、船内の状況を把握する現場責任者の重責を果たした。日本人では2014年の若田さん、21年の星出彰彦さん(56)に続く就任だった。「非常に責任のある大役だったが、仲間に恵まれて大きな問題なく務められた。自分の中で非常に大きな財産になった。米露の二大国に混じって船長になり、日本のプレゼンス(存在感)向上に少しはお役に立てたと思う」とした。
船長として、飛行士の精神面にも配慮した。「米国側(ロシア以外)とロシア側で、日々の作業はほぼ別々にやっており、生活の区画も分かれてコミュニケーションが少ない。そこで、週1回は夕食を共にするなどした。飛行士の誕生日や、宇宙滞在何日といったお祝いごとを、皆でやった」という。
船長交代式で後任のリジコフさん(手前左)と握手を交わす大西さん。最後列の右端が油井さん(NASAテレビから)
大西さんは船長を交代後、自身らがISSを離れるまでの「グレーな期間」の役割分担が重要だと、帰還前にXに投稿している。その意図について問われると、次のように解説した。「船長交代の瞬間からISS全体の取りまとめ役はロシアのセルゲイ(・リジコフ)さんに移ったが、米国側の飛行士の取りまとめまで移してしまうと、(大西さんらがISSを発つまでの)5日間ほどのために、それまで担ってきた役割を全然、変えて対応せねばならない。それも一つのやり方だが、僕は混乱すると思った。そこで、船長の立場は移っても、米国側の取りまとめは、宇宙船が去る瞬間まで僕が責任を持つと表明し、皆で認識を統一した。誰がどういう場面で指揮権を持つかをクリアにしておくことは、グレーな状況ではすごく大事だ」
火星飛行「飛行士の精神面でハードル高い」
ISSに続く大型計画として、月上空に基地を建設し有人月面探査も行う「アルテミス計画」が国際協力で進行中。日本人も月に立つことが日米で合意済みだ。「自身も月を目指すか」と問われた大西さんは「はい、もちろんです」と即答。「これまで月に立った人類は本当に一握りだが、少なくともそれに挑戦する資格は持っていると思うので、そのことに感謝しつつ、経験を全てぶつけるつもりでアルテミス計画に参加したい」と言葉に力を込めた。
会見後、今回の飛行のためにデザインされた「ミッションパッチ」を手に撮影に応じる大西さん
米国などはアルテミス計画を通じて月周辺で技術を磨き、火星有人飛行を目指す。ただし、大西さんは「ハードルが高いチャレンジ」と慎重に指摘した。「ISSでは窓の外に地球が広がり、重要な機械が壊れてもすぐ代替品を地上から打ち上げたり、食料が1回届かなくても他の(補給機の)便に振り分けて届けたりできる。しかし火星に行くには、長大な距離が非常に大きな障害になる。補給の機会も能力も小さく、難しさに直結する。飛行士の精神面への影響も、ちょっと想像がつかない。いつでも地球に帰れる安心感で生活するのと、何かあったらもう助からないかもしれないという緊張感の中で片道8カ月、火星まで旅するのとでは、精神的負荷が桁違いになる。飛行士のメンタルケアが課題だ」
会見で大西さんは、“日の丸有人船”の夢も語った。「米スペースX社を見ていて強く感じるが、(無人の物資補給機)ドラゴンと有人宇宙船クルードラゴンの2種類を、どんどん数をこなして打ち上げ、双方にプラスの効果を生み出している。彼らを見ていて、日本も『こうのとり』に続いてHTV-Xの知見を蓄えていき、個人的な希望では、独自の有人船の開発につながればいいと思う。基幹技術を持つ国は、国際協力の中で発言権、存在感が非常に大きくなる」と力説した。
HTV-Xをめぐっては、油井さんや大西さんの同期である金井宣茂(のりしげ)さん(48)も、9月の文部科学省宇宙開発利用部会で「HTV-Xのようなものを1年なり1年半なり飛行させ、それを使って民間の研究開発を進めるといった、日本独自のミニステーションのような使い方ができるのではないか」とアイデアを語った。日の丸有人船について、金井さんもこの席で「保有、運用することが重要だ。一足飛びにそこまで行けないにしても、最初のうちは有人船を他国から買い取るような形で運用し、技術やノウハウを蓄積していくことが、わが国の強みや優位性を維持するために重要では」と提起している。
ISSで作業する大西さん(左)と油井さん=8月7日(JAXA、NASA提供)