イーロン・マスクが仕掛けるXマネー=「X経済圏」で世界を囲う壮大な計画

Business Journal 4 週 前
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xMoneyのXアカウントよりxMoneyのXアカウントより

 世界一の大富豪で実業家イーロン・マスク氏が手掛ける新たなフィンテック事業が間もなく動き出す。米SNS大手X(旧Twitter)のリンダ・ヤッカリーノCEOは、決済サービス「xMoney」(Xマネー)の提供を2025年後半に開始することを発表した。今後さらなる詳細を公開していくという。まだ、全体像が見えてこないが、xMoneyとは、いったいどのようなサービスなのだろうか。考察していくと、マスク氏の壮大な構想の全貌が浮かび上がってくる。xMoneyは、マスク氏が世界に仕掛ける「X経済圏」構築への足掛かりとなるかもしれない。

ブロックチェーンを採用し、先進的なメタバース決済

 ヤッカリーノ氏は、米クレジットカード大手Visaが最初のパートナーになると明かした。アメリカのユーザーは、Visa Directを使ってデビットカードからX Walletにリアルタイムでお金を送って支払いが可能になる。

 xMoneyの企業サイトでは「世界最大のデジタル決済ネットワーク」で「暗号通貨と法定通貨に対応しており、決済の統合されたゲートウェイ(出入り口)」と謳っている。銀行口座とウォレットの間で資金を移動し、ピアツーピア決済を行えるようになる。「最も競争力のあるレート」を提供し、世界中に送金ができて、支払い請求もできる。多くの通貨や決済方法に対応しており、希望の通貨で受け取ることができる。まるでオンラインの銀行口座のようだ。

「UI・UX」は、とてもユーザーフレンドリーになっている。xMoneyの決済プラットフォームとAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)で、既存のアプリやソフトウェアに支払い処理機能を追加することが可能だ。「xMoney API」で、迅速かつ安全に国際的な決済を実現する。

 安全性が高い分散型のブロックチェーン・ネットワーク「MultiversX」により、メタバース空間向けの全く新しいアプリケーション開発が可能になった。ユーザーは、ウォレット、AIアバター、NFTエコシステム、ローンチパッド、チャット、教育ハブといった機能を活用してビジネスの成長に役立てることができる。取引にかかるコストを低減させて、安く高機能で安全性の高い決済サービスを提供する。そして環境にも配慮し、カーボンニュートラルだという。

フィンテックは実業家としての原点

 一見して新規参入のような動きだが、マスク氏にしてみれば力を蓄えて起業家としての原点に戻ってきたということだろう。フィンテック事業はマスク氏にとって、一度は敗れた夢だ。1999年にX.comというオンライン銀行を設立し、翌2000年に競合企業と合併して生まれたのがPayPalだ。創設に関わったペイパルマフィアでありながら、CEOを退任した。

 2022年にTwitterを買収し「X」に改め、その唐突感から混乱を生んだ。しかし、実は2017年にドメイン「x.com」をPayPalから買い戻しており、周到に準備を進めていたことが分かる。

 マスク氏は以前から、中国テンセントが開発したWeChatが提供するサービスへの高い関心を口にしている。xMoneyは、XをWeChatのようなサービスにする一環だろう。WeChatは、ソーシャルメディアであり、通信ができて、料金の支払いや役所の手続きまで可能だ。日本のLINEは通信アプリから始まり多機能化が進んでいるが、WeChatはさらに上を行っており裁判にも使えてしまう。ユーザー数は10億人以上で、中国のほぼ全人口が使っている計算だ。

 アメリカはIT先進国だが、ソーシャルメディア(例:Facebook)、通信アプリ(例:WhatsApp)、決済アプリ(例:PayPal、Apple Pay)と機能が分離して発展しており、WeChatのように何でもできてしまう「スーパーアプリ」はまだない。

 何かと奇抜なことをして世間を騒がせているマスク氏だが、事業の長期的な動きを点と点で結んでいくと、マスク氏の壮大な構想の全貌が浮かび上がってくる。xMoneyは、マスク氏にとって20数年前の忘れ物を取りにきたかたちだ。将来、私たちはマスク氏の「X経済圏」で暮らすことになるのかもしれない。

熾烈な競争を生き残れるか

 後発のxMoneyは、果たしてユーザーの心を掴むことができるだろうか。ソーシャルメディア関連の金融事業で思い起こされるのが、FacebookのLibraだ。Facebook独自の暗号通貨を目指したLibraは、法定通貨の地位を脅かしかねないと各国政府が危機感を抱いたため、各方面から激烈な向かい風を浴びて計画を大幅に変更しDiemに改名したが頓挫した。X Moneyは、今のところ決済サービスであり、独自の通貨についての言及は見当たらない。Facebookと同じ轍を踏まないように、注意しているのかもしれない。

 しかし、マスク氏がデジタル通貨に関心を示していることは周知の事実だ。将来的にxMoneyに独自の仮想通貨を統合する動きがない、とは言い切れないだろう。政権中枢への接近は、その足場固めかもしれないと思うのは深読みしすぎだろうか。

 マスク氏が創業に携わったPayPalは、依然として主要なサービスであり続けている。直近、アメリカのデジタル決済市場で競合するのは主にVenmo、Cash App、Zelleだ。フィンテックは、テクノロジー関連のVCはもちろん、デジタル・トランスフォーメーション(DX)を目指す旧来の金融機関も大規模投資している分野であり、競争は熾烈を極める。PayPalとxMoneyに共通しているのは、グローバルなビジョンだ。本気で世界を獲りにいこうとしている。

 日本でもこれまでに様々なフィンテック系の決済サービスが立ち上がっているが、国際展開するつもりがあるかは甚だ疑わしい。日本発のソーシャルメディア「mixi」は、FacebookやTwitterに駆逐されたが、決済サービスにおいて、その二の舞いにならないとは限らない。xMoneyとともにスーパーアプリ化したXは今後、社会に大きなインパクトを与えることになるのだろうか。世界が固唾をのんで見守っている。

(文=Takuya Nagata/作家、社会開発家、テクノロジー・エキスパート)

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