Slack公式サイトより
●この記事のポイント
・SlackがChatGPTやClaudeなど主要AIを統合し、チャット上で検索・要約・タスク実行まで可能に。AI時代の業務基盤へ進化。
・Microsoft Teamsに対抗し、「開かれたAI連携」で柔軟性と拡張性を武器にシェア拡大を狙う。
・Slackは“人とAIが協働する職場”の中心を目指し、「会話から仕事を動かす」新しい働き方を提案している。
2025年10月、Slackが発表した新機能群は、単なるアップデートではない。ChatGPT、Claude、Google Agentspace、Dropboxなど、主要AIやクラウドツールをSlack内で直接利用できるようにするという、“統合プラットフォーム”構想だ。
これまで「チームチャット」としてのSlackは、プロジェクト管理や情報共有のハブに留まっていた。しかし今回の拡張では、チャットの文脈からそのままAI検索を行い、タスク生成、要約、資料作成、さらにはローコード/ノーコード開発まで実行可能となる。
Slack上で「会話が仕事を動かす」──。その理想を、AIと連携した形で現実のものとしたのだ。
●目次
- Slackが目指す「仕事のOS」
- マイクロソフト vs. セールスフォース、AI戦争の新戦場
- Slackの「成長再加速」は起こるか?
Slackが目指す「仕事のOS」
この動きの背景には、「ワークプレイスOS」としての覇権争いがある。Slackを傘下に持つセールスフォースは、CRM(顧客管理)と業務アプリを統合し、Slackを“職場の神経中枢”に据える戦略を描く。
社内のあらゆるデータ、アプリ、AIがSlack経由でつながり、社員が自然言語で命令できる環境を整えようとしている。
たとえば、「昨日の営業会議の議事録をまとめて」「次回の提案書ドラフトを作って」と入力するだけで、SlackがAIエージェントと連携し、セールスフォースのCRMやDropboxの資料、ChatGPTの自然言語生成を呼び出して処理してくれる。もはや「チャットツール」というより、“企業OS”としての存在感を帯びつつある。
とはいえ、Slackの前には強力なライバルが立ちはだかる。それが「Microsoft Teams」だ。TeamsはMicrosoft 365に標準搭載され、メール(Outlook)やOfficeツール(Word、Excel、PowerPoint)と自然に連携する。導入企業数ではSlackを大きく上回り、グローバル市場では“事実上の標準”といわれる。
「確かにTeams は大きなシェアを握っていますが、Slackに勝ち目はないのかといえば、実はそうとも言い切れません。Slackの強みは、『柔軟性と拡張性』にあります。Teamsがマイクロソフト製品中心に“閉じたエコシステム”を築く一方で、Slackはグーグル、OpenAI、アンソロピックなど“外のAI勢力”と積極的に連携。プラットフォームを開放し、『どんなAIも、どんなツールも、Slackに持ち込める』構造を作っている点が大きいといえます。
特に注目は、『Slack AI』と呼ばれる自社開発モデルと、ChatGPTなど他社AIを組み合わせるハイブリッド運用です。Slack上での議論内容をAIが自動要約し、アクションを抽出してくれるため、プロジェクト進行が圧倒的にスムーズになります」(ITジャーナリスト・小平貴裕氏)
マイクロソフト vs. セールスフォース、AI戦争の新戦場
今回の発表の中でとりわけ驚きを呼んだのは、ローコード/ノーコード開発機能の実装だ。
「Slack上での会話から直接、ワークフローや自動化スクリプトを生成できるようになったのは画期的です。たとえばエンジニアがSlack上で『毎朝10時にサーバーログを自動取得してレポートして』と入力すると、AIがコードを生成し、ZapierやGitHub Copilotと連携して自動化するのです。これは開発者専用ツールだった領域を、非エンジニアにも解放する革命的な進化です」
SlackはAIと人間の間の“翻訳者”となり、誰もがソフトウェアを動かせる時代を切り開こうとしている。
SlackとTeamsの戦いは、実はマイクロソフトとセールスフォースという巨大企業のAI戦略の代理戦争でもある。
マイクロソフトは「Copilot」を全面に押し出し、Office製品やTeams内にAIを組み込む“閉じたAI統合”を進める。セールスフォースは「Einstein Copilot」とSlackを連携させ、CRMデータとAIを結びつける“開かれたAI連携”を推進する。
前者は「自社製品の中でAIを完結させる」モデル、後者は「外部AIを自在に呼び出す」モデル。どちらが企業ユーザーに受け入れられるかが、次の数年で明確になるだろう。
SlackのAI統合が評価され始めた背景には、企業が「1社にロックインされないAI環境」を求め始めたことがある。Copilot一強ではなく、ChatGPTやClaude、Geminiなど複数AIを使い分けるのが現実的という流れが生まれているのだ。
Slackの「成長再加速」は起こるか?
Slackは2021年にセールスフォースに約2.8兆円で買収された。当初は統合の混乱もあり、Teamsとの競争で後れを取っていたが、AI統合を軸に成長が再加速しつつある。
市場調査会社IDCによれば、2024年時点でビジネスチャット市場におけるSlackのシェアは約22%、Teamsが38%。ただし「ユーザーあたりの利用時間」「プロジェクト単位でのアクティブ率」ではSlackが上回るという。特にスタートアップやクリエイティブ系企業では、Slackの軽快さと拡張性が高く評価されている。
今回の機能拡張で、Slackは単なる“チャットアプリ”から、“AIネイティブな業務基盤”へと進化する。今後3年以内に市場シェアでTeamsに並ぶ可能性も現実味を帯びてきた。
生成AIの進化によって、ビジネスチャットは「人と人をつなぐツール」から「人とAIをつなぐハブ」へと変わりつつある。Slackの戦略はまさにその転換を先取りしている。
Teamsが“企業の統制と標準化”を象徴する存在であるのに対し、Slackは“現場の創造性と柔軟性”を支える存在。AIの民主化が進む中で、後者の価値が再び脚光を浴びる可能性がある。
Slackの公式ブログではこう語られている。
「これからの職場では、AIエージェントも同僚の一人になる。Slackはその会話の場を提供する」
AIと共に働く時代、Slackは「会話から仕事を動かす」プラットフォームの最前線に立とうとしている。Slackの進化は、単にビジネスチャットの覇権争いにとどまらない。それは「AIと人間が同じ職場で働く」という、次世代のワークスタイルの原型を提示しているのだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)