富士通 公式サイトより
●この記事のポイント
・日本の医療現場は、人手不足や赤字経営、過重労働といった課題に直面している中、富士通はAIエージェントを活用した病院向けDXシステムを発表した。
・複数のAIを統合・制御するオーケストレーターAIエージェントを提供。まずは受付や会計、問い合わせ対応など非正規スタッフが担う業務を代替し、将来的には医師や看護師の業務支援にも拡大予定
・AI活用により事務作業の年間3兆円削減が期待され、オンライン診療や在宅治療、薬剤配送など医療提供体制の変革にもつながると見込まれている。
富士通は、AIエージェントを医療現場に本格導入する新たな取り組みを開始した。人手不足や経営難に直面する日本の医療機関において、AIによる業務効率化と持続可能性の確保が急務となる中、同社は「複数のAIを統合的に制御する仕組み」を提供することで解決策を提示する。今回の取材では、導入の背景や狙い、今後の展望について富士通に聞いた。
●目次
- 医療現場を覆う「持続可能性の危機」
- 富士通が挑む「医療DX」
- 「オーケストレーター」としてのAI
- 海外事例との比較
- 「3兆円削減」は実現するか
医療現場を覆う「持続可能性の危機」
日本の医療現場は今、深刻な課題に直面している。高齢化による患者増、人材不足、過重労働。さらに、多くの病院が赤字経営に陥っており、地域医療の持続性さえ危ぶまれる状況だ。
厚生労働省の統計によれば、全国の病院の約6割が赤字経営とされる。特に医療従事者を疲弊させているのが膨大な事務作業だ。診療報酬請求や受付・会計、各種書類対応に費やす時間は膨大で、医療の質にも影響している。
こうした課題の解決策として期待されるのがAIだ。ある試算では、AIによって事務作業を効率化すれば年間3兆円規模の削減が可能とされる。そんな中、富士通が発表した「医療機関向けAIシステム」は大きな注目を集めている。
富士通が挑む「医療DX」
BUSINESS JOURNAL編集部が取材したところ、富士通がこのシステムを開発・リリースした背景には、三つの理由があるという。
まず、医療の持続可能性への貢献だ。同社は「日本の医療は赤字経営、人手不足、過重労働といった持続可能性の危機に直面しています。AIエージェントによる業務効率化と人件費の最適化で、経営を支え、安定的な医療提供体制を実現したい」と語る。
次に、AIエージェントエコシステムの構築だ。国内外のパートナー企業のアプリケーションを呼び込み、富士通が医療分野のAI活用をリードする狙いである。
そして、事業化の加速。2025年内の商用展開に向け、発表のタイミングでパートナーを募り、事業拡大を加速させるという。
「オーケストレーター」としてのAI
同システムの特徴は、単なるAI導入にとどまらず、「複数のAIを統合・制御する」点にある。
富士通は「個々のAIをバラバラに導入すると現場が混乱し、かえって非効率になる恐れがあります。そこで、複数のAIを横断的に統合・制御する『オーケストレーターAIエージェント』を提供します」と説明する。
医療の現場では予約、会計、カルテ入力など多様な業務が並行して進む。AIが点在するだけでは連携が取れず、むしろ業務が複雑化しかねない。そこで富士通は、医療業務を深く理解したオーケストレーション機能を備えた基盤を提供し、現場全体を調和させようとしている。
このシステムは、NVIDIAの最新技術を取り入れた多層構造で構築されている。
GPUサーバ:エフサステクノロジーズ製のNVIDIA GPU搭載サーバ
ミドルウェア:「NVIDIA NIM マイクロサービス」「NVIDIA Blueprints」など
AI基盤:大規模言語モデル(LLM)や大規模マルチモーダルモデル(LMM)
データ構造化技術:医療データを安全に整理・活用
AIエージェント技術:複数のエージェントが協働する仕組み
オーケストレーション:富士通独自の制御技術
アプリケーション:外部ベンダーによる業務特化型アプリ
富士通は「電子カルテ事業で培った業務知識と、NVIDIAの技術支援を組み合わせることで、事業スピードを一気に高められる」と自信を見せる。
海外事例との比較
世界ではすでに同様の動きが始まっている。富士通は「米国では電子カルテ首位のEpic社が、NVIDIAやMicrosoftと連携し、電子カルテの付加価値としてAIを統合する基盤を構築しています」と言及する。
ただし、日本国内ではオーケストレーターAIエージェントを前面に打ち出す取り組みは珍しく、富士通は先行事例となる。
導入範囲について富士通はこう説明する。
「初期段階では、受付・外来における非正規スタッフが担う問い合わせ対応や予約、会計受付、支払い、帰宅時のフォローアップなどを代替します。将来的には、医師・看護師・検査技師の業務支援にも展開を考えています」
現場で標準化しやすい業務から着手し、徐々に高度な領域へと広げていくロードマップだ。
もちろん、課題もある。AIの正確性や責任の所在、患者情報のセキュリティなどは現場にとって切実な懸念だ。
富士通は「電子カルテで培ったノウハウを活かし、安全性と情報の正確性を担保する設計を行っています」と強調する。業務を横断的に統制するオーケストレーション機能によって、二重入力や業務の混乱を防ぐ仕組みを整えている点は重要だ。
「3兆円削減」は実現するか
AI導入による事務作業の3兆円削減という数字はインパクトが大きい。しかし、全国の病院が導入し、現場に定着するには時間もコストもかかる。富士通は「2025年から実際の医療機関で実証を開始し、その効果を測定したうえでビジネスプランを策定します」と述べ、まずは効果を可視化して導入のハードルを下げる戦略だ。
富士通は今後の展望について「医療提供体制は病院内中心から、データとAIを基盤にオンライン診療や在宅治療へとシフトしていく」と予測する。その先には、分散型臨床試験(DCT)や薬剤配送、家庭内で完結する治療といった新しい医療のかたちが広がるだろう。
富士通の取り組みは、新サービス発表にとどまらず、日本の医療システム全体の変革を視野に入れている。電子カルテの実績とNVIDIAの技術を背景に、同社は「持続可能な医療」を実現するためのDXモデルを打ち出した。
「AIによる効率化で、医療機関が本来の役割である『医療の提供』に集中できる社会を目指します」と富士通は語る。
3兆円削減という数字は、単なる夢物語ではなく、現実に向けた挑戦となりつつある。日本の医療の未来は、すでにAIによって形づくられ始めている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)