サントリーホールディングス公式サイトより
●この記事のポイント
・サントリーホールディングスは食品大手4社と共同で、国際団体CGFのもとサプライヤーへの脱炭素支援を開始した。
・食品業界は裾野が広くスコープ3排出が大きいため、一社単独では限界がある。取り組みは、サプライヤー向けの啓発活動や排出量算定の支援、実践型ワークショップの実施など多面的に展開される。
・競合関係を超えた協調により、農業分野での環境負荷低減や安定調達を目指す点が特徴。将来的には協調型脱炭素プラットフォームとして共同調達やシステム活用に発展する可能性もあり、日本企業にとって「協調」が持続的競争力の源泉となることを示唆している。
世界的に「脱炭素」は企業活動の最重要課題となりつつある。国や業界の枠を越え、サプライチェーン全体を巻き込んだ行動が求められるなか、サントリーホールディングス(以下、サントリーHD)は、食品大手4社と共に新たな取り組みを開始した。
それは、国際的な消費財業界団体「The Consumer Goods Forum(CGF)」のもとで、サプライヤーの脱炭素化を支援する協調型のプラットフォームを立ち上げるというものだ。競合であるはずの企業同士が手を取り合う今回の動きは、食品業界における「協調領域」でのイノベーションを象徴している。
本記事では、その背景や具体的施策、そして日本企業にとっての学びを探っていきたい。
●目次
- なぜ「協調」に踏み出したのか
- サプライヤー支援の具体像
- 複数社で取り組むメリット
- 将来展望:プラットフォーム化の可能性
- 脱炭素潮流と日本企業への示唆
- おわりに──「協調」こそ次世代の競争軸
なぜ「協調」に踏み出したのか
サントリーHDが食品業界4社と共に脱炭素支援に乗り出した背景には、スコープ3と呼ばれる「サプライチェーン全体の温室効果ガス(GHG)排出」がある。
製造業や小売業にとって、自社工場や店舗だけでなく、原材料調達から物流、農業生産に至るまでの排出量が環境負荷の大半を占めることはよく知られている。食品業界は特に裾野が広く、複雑に企業が絡み合う。こうした事情から「一社だけの努力」では限界がある。
サントリーHDは語る。
「ネットゼロ実現には、業界全体の協調が不可欠です。今回の4社の取り組みを通じ、将来的には消費財業界全体へと波及することを目指しています」
CGFが4月に発表したプレスリリースによれば、この協調プログラムは「サプライヤー脱炭素支援」「持続可能な農業モデルの推進」など4つの協調領域に基づいている。国際的に見ても、食品業界におけるサプライヤー支援型の協働はまだ珍しい。まさに業界初の試みといえる。
サプライヤー支援の具体像
では、実際にどのような支援が行われるのだろうか。サントリーHDは「啓発」と「算定」の両輪で取り組みを進める方針を明らかにしている。
(1)啓発
サプライヤーに対し、GHG削減の意義やメーカーからの期待を伝えるとともに、勉強会やオンラインコンテンツを通じて、ネットゼロに向けた基本知識や具体的削減手法を提供する。
(2)算定
排出量の算定は、多くの中小サプライヤーにとって大きな負担だ。そこで、共通ルールに基づきサプライヤー固有の排出係数を算出・提供する事務局を設立し、第三者保証付きのデータをメーカーに提供できるよう支援する。
さらに、単なる知識提供にとどまらず、「削減」の実践も重視する。有志サプライヤーとメーカーが共に参加する分科会やワークショップを設け、テーマや品目ごとに具体的な削減策を検討していくという。
このアプローチは「トップダウンの要請」ではなく、「共創」に近い。サプライヤーが主体的に動ける仕組みを整えることで、長期的な関係性の強化につながる。
複数社で取り組むメリット
競合他社と手を組むことにデメリットはないのか。そう問うと、サントリーHDは明快に答える。
「GHG削減は競合領域ではなく、協調領域です。ここで協力することが、結果として持続可能な調達につながります」
特に農業分野における効果は大きい。農家はしばしば輪作(複数の作物を同じ畑で順に育てる農法)を行っており、単一企業による支援では十分な効果を得にくい。複数企業が協働すれば、農家にとっても一貫性のあるサポートとなり、実効性が高まる。
さらに、規模の効果や費用分担の点でも協働の利点は大きい。脱炭素の取り組みには多大な投資や人材リソースが必要であり、単独で進めれば非効率になりがちだ。協調によって「共通基盤」を整えることが、業界全体の加速につながる。
将来展望:プラットフォーム化の可能性
今回の取り組みの第一歩は、協調型の脱炭素プラットフォームを立ち上げることにある。サプライヤー支援や農業モデルの推進を通じて、データやノウハウの蓄積が進めば、将来的には「共同調達」や「共通システム」の利用といった、より深い協力へ発展する可能性もある。
欧州では、業界横断的な再生可能エネルギー調達や、共通プラットフォームによる排出量管理が広がりつつある。日本企業が国際的な競争で存在感を維持するためにも、こうした協調の基盤づくりは不可欠だ。
脱炭素潮流と日本企業への示唆
脱炭素は単なる「環境対策」ではなく、企業の競争力を左右する経営課題だ。世界的にカーボンプライシングや規制が強化され、投資家や消費者の目線も厳しさを増している。
特にスコープ3への対応は、企業単独では限界がある。今回のサントリーHDら4社の取り組みは、日本企業にとって次の3つの学びを示している。
(1)競合との協調が新しい競争力を生む
環境課題は「競争」ではなく「協調」が前提。業界横断的な枠組みづくりは、企業価値の持続性を高める。
(2)サプライヤー支援は長期的な投資
下請け企業や農家を単に「コスト削減の対象」と見るのではなく、共に成長するパートナーとして支援する姿勢が重要。
(3)プラットフォーム化が加速を生む
脱炭素の知見やデータを共有する基盤は、将来的な新事業や調達力強化にもつながる。
おわりに──「協調」こそ次世代の競争軸
サントリーHDらの挑戦は始まったばかりだ。しかし、競合を超えて協力するという姿勢は、今後の産業界における新たな常識となるかもしれない。
企業がサステナビリティを真に実現するには、「一社の努力」ではなく「業界全体の協調」が不可欠だ。ビジネスパーソンにとっても、今回の事例は「自社の取り組みをどう広げ、誰と共に進めるか」を考えるきっかけになるだろう。
脱炭素時代の競争軸は、「どれだけ速く単独で走るか」ではなく、「どれだけ広く共に進むか」にある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)