UnsplashのJakub Żerdzickiが撮影した写真
●この記事のポイント
・AI議事録ソフトを展開していたオルツが売上の大半を架空計上していたことが発覚し、2025年8月末に上場廃止となった。
・専門家は、監査は書類の突合だけでなくシステム稼働や現場検証に踏み込むべきだったと指摘。加えてAIを用いた「全件×連関×言語」による網羅的検証は、不正発見力を大幅に高める可能性があると語る。
・今後はAIが全データの自動分析を担い、人間が現場調査や経営者との対話で本質を見抜く「AI+人間」の二層体制が監査の進化に不可欠とされ、企業ガバナンスの再設計が問われている。
2025年夏、議事録ソフト「AI GIJIROKU」等を展開していたAI企業オルツは、売上の過大計上などを理由に8月31日付で上場廃止となった。第三者委員会の調査では、販売パートナー向けライセンスに実態を伴わない売上計上が長期にわたって行われ、売上高の大半(期によって約8~9割)が過大計上であったと指摘された。この事件は、企業ガバナンスと会計監査の機能不全を露呈させると同時に、AI活用による“全件監査”の現実解を問いかけている。
本稿では、公認会計士/公認不正検査士/公認システム監査人である姥貝賢次氏(ジュリオ株式会社代表取締役)に、事件の本質と「AI+人間」による監査再設計を聞いた。
●目次
- 不正の手口ーー「形式」を完璧に繕った罠
- なぜ監査は機能しなかったのかーー本質を見失った『リスク・アプローチ』の形骸化
- AIは不正を見抜けるのか——“全件×連関×言語”で実現する監査の進化
- 未来の監査——「AI+人間」の二層構造へ
不正の手口ーー「形式」を完璧に繕った罠
姥貝氏はまず、不正の手口を簡潔に振り返る。
「書類だけ見れば整っているが、実態がない——これは古典的な不正手口です。広告代理店や販売パートナーを介した“循環取引”のような構造により、売上を膨らませて見せる。SaaSやスタートアップ特有の問題ではなく、歴史上繰り返し起きてきた典型例だといえます」
第三者委員会報告書は、本件スキームの形成経緯から資金移動の全体像、そして「架空売上」と評価すべき根拠まで段階的に解明している。重要なのは、不正が「資料と手続が“一見”整う」よう巧妙に設計されていた点だ。帳簿・請求・支払・回収が相互に整合しても、プロダクトの稼働実態やアカウントの発行・利用ログが伴わなければ、取引の経済的実態は成立しない。この基本原則が見過ごされたのだ。
なぜ監査は機能しなかったのかーー本質を見失った『リスク・アプローチ』の形骸化
なぜ会計監査の専門家たちは、この不正を止められなかったのか。現在の主流である『リスク・アプローチ』(企業の事業内容や環境を理解し、重要な虚偽表示リスクに応じて監査資源を配分する手法)が、形式的な確認作業に終始し、本質的なリスクを見落とした可能性が高いと姥貝氏は指摘する。
「エンジニアの隣に座って、管理画面を直接見れば、アカウント発行や利用状況の実在は確かめられたかもしれない。現場の多くは不正に関与していないはずで、『これ、本当に稼働していますか?』という現地・現物の掘り下げは有効です。
オルツ社のようなソフトウェア企業の最重要リスクは、『売上に対応するサービスが本当に稼働しているか』という一点に尽きます。ならば、監査の最優先課題は、契約書や請求書といった書類の確認だけではなく、システムの稼働ログや顧客や現場への実態確認といった事業の実態(本質)を直接検証することだったはずです」(姥貝氏)
しかし、それが実行されることはなかった。監査は、形式を整えた不正の罠にはまり、その役割を果たせなかったのだ。
AIは不正を見抜けるのか——“全件×連関×言語”で実現する監査の進化
形式的な監査の限界に対し、AIはどのような解決策をもたらすのか。
「AIは疲れません。だから全件・全データに対し、突合・系列分析・言語解析をかけ続けられる。監査の“見落としやすい領域”を埋める強力な補完策として、大きな期待があります」
AIは、監査の「あるべき姿」を実現するためのゲームチェンジャーとなり得る。具体的には、以下の2つの側面で監査を進化させる。
「網羅性」による規律: AIは全件検査を機械的に実行する。これにより、「これくらいは大丈夫だろう」という人間の判断の甘さを排除し、サンプリング(試査)の限界を克服する。
「本質」の自動検証: AIは会計データとシステムの稼働ログ、外部情報などを自動的に突合する。人間が怠りがちだった、あるいは工数や慣習の制約から避けていたかもしれない『経済的実態』の検証を、最優先の必須タスクとしてドライに実行する。
未来の監査——「AI+人間」の二層構造へ
姥貝氏は、AI時代の監査の在り方を次のように展望する。
「AIが書類・ログの突合といった網羅的な検証を担い、人は現場と経営と対話する。役割を明確に分けるほど効率と品質は上がります。AIが異常を検知し、人が背景を深掘りする。発見確率は段違いになるはずです」
AIが監査の土台を固め、人間はその上で専門的懐疑心と高度な判断力を発揮する。この役割分担こそが、監査を進化させる鍵となる。
最後に、姥貝氏は経営者にこう呼びかける。
「資本主義の仕組みには“隙”があり、監査は万能ではありません。だからこそ、AIで“全件”を見渡し、人が現場で確かめる体制が必要です。企業は信頼できるガバナンスを築き、AIという新しい道具で不正の根絶に踏み出すべきです」
(文=Business Journal編集部、協力=姥貝賢次/公認会計士・公認不正検査士・公認システム監査人、ジュリオ株式会社代表取締役)