UnsplashのAccurayが撮影した写真
●この記事のポイント
・株式会社seamrは、病院間でMRIを貸し借りできるオンラインプラットフォームを運営し、医療機器のシェアリングを可能にした。これにより、大病院の待ち時間を解消し、活用されていない機器を有効活用する。
・このサービスは、成功報酬モデルを採用し、初期費用を不要にすることで、慎重な医療現場でも導入しやすい仕組みだ。また、自治体との連携で信用を得て、事業を拡大している。
・薬剤師の経歴を持つ佐野CEOは、「時間がかかる医療」を変えたいという想いから起業。将来的には、場所に関係なく質の高い医療を受けられる社会を目指している。
MRI(磁気共鳴画像装置)と聞けば、多くの人が大病院の奥に設置された高価で巨大な機械を思い浮かべるだろう。実際、日本はOECD加盟国の中でも人口当たりのMRI保有台数が世界トップクラスであるにもかかわらず、大学病院などの大規模医療機関では「一か月以上待ち」という状況が常態化している。
その一方で、十分に活用されないまま「遊んでいる」MRIも少なくない。このミスマッチを解消し、医療資源を社会全体で有効活用することを目指すのが、株式会社Seamr(シームル)だ。同社は「医療機器のシェアリング」という新たな概念を切り開き、病院間でMRIを貸し借りできるオンラインプラットフォームを運営している。
本稿では、Seamr代表取締役CEOで薬剤師でもある佐野隼也氏の言葉をもとに、この挑戦の全貌と、医療ビジネスを動かす視点を探る。
●目次
- 「MRI版・じゃらん」──病院間をつなぐシェアリングモデル
- 成功報酬モデルで広げる「使いやすさ」
- 創業の原点──「時間がかかる医療を変えたい」
- どこに住んでも質の高い医療が受けられる社会を
「MRI版・じゃらん」──病院間をつなぐシェアリングモデル
佐野隼也氏
“MRI版・じゃらん”という比喩は、医療機器の空き枠を検索・予約できる利便性を直感的に伝えるものだ。Seamrのサービスは一言で言えば「医療機器のマッチングプラットフォーム」である。大病院が持つMRIの空き時間をWeb上で公開し、撮影を希望する地域の病院やクリニックが検索・予約できる仕組みだ。従来は電話やFAXを介した煩雑なやり取りに頼っていたが、同社のサービスではすべてオンラインで完結する。
「仕組み自体は以前から制度的に認められていました。厚労省も病院間の機器シェアリングを推奨していますし、保険点数も上乗せされているんです(2020年の診療報酬改定により、病院間の機器共用に対する加算が認められた)。ただ実際には使われてこなかった。理由は単純で、やり取りが電話とFAXで非効率だったからです」(佐野氏)
まるで「じゃらん」や「ホットペッパービューティー」のように、空き枠を検索しクリック一つで予約が完了──そのシンプルさが医療現場に新たな利便性をもたらす。
日本におけるMRI普及率は世界トップ水準。ベッドを持つ病院の約6割がMRIを設置していると言われる。しかし稼働状況をみると、全体の7割の病院が「採算割れ」の状況にある。MRIの損益分岐点は1日8件程度だが、それを上回っている病院は全体の3割に過ぎない。需要は偏在し、大病院には患者が殺到する一方で、地方の病院では機械が活かされていない。
結果として、患者は診断まで長く待たされ、治療開始の遅れによる重症化リスクを抱える。これは医療費増大の一因でもある。
「重症化を防ぐためには、早期に検査を受け、早期に治療を始めることが大切です。待ち時間を短縮するだけで、医療費全体を抑制できる可能性があるんです。」(佐野氏)
成功報酬モデルで広げる「使いやすさ」
Seamrがこだわるのは「医療現場にとって導入ハードルの低い仕組み」である。利用料はサブスクリプションではなく、撮影利用が発生した際に10%の成功報酬を支払うだけ。初期費用も専用システムの導入も不要で、すぐに利用を開始できる。
「医療機関はサブスクモデルに慣れていません。定額でずっとお金が出ていくことに抵抗感がある。だから使った時だけ費用が発生する仕組みにしました。」(佐野氏)
この柔軟なビジネス設計は、医療という慎重な業界にこそ適している。
Seamrの可能性は「医療の効率化」だけにとどまらない。将来的には予防医療やヘルスケア分野への応用も視野に入れる。
たとえば「違和感を覚えたので念のためMRIを撮っておきたい」というニーズや、スポーツ分野、企業の福利厚生での利用などである。さらに、交通事故後の診断に保険会社がMRIを求めるケースもあり、既存の医療制度を超えた広がりが期待できる。
もっとも、自由診療分野への展開には医療業界特有の抵抗感もある。しかし佐野氏はこうした「壁」を崩していくことも、長期的なミッションの一つだと語る。
Seamrのチームには、医師や放射線技師といった現場の専門家が加わっている。もともとはサービスの必要性を探るインタビュー対象者だったが、課題に共感し、仲間となったという。
この背景には、医療領域特有の「信頼の獲得」がある。医療機関は閉鎖的で、外部の新興企業に門戸を開かない傾向が強い。そこでSeamrは自治体と連携し、社会的信用を得る戦略をとった。茨城県やつくば市でのトライアル実績は、病院への説得力を高めている。
創業の原点──「時間がかかる医療を変えたい」
佐野氏は薬剤師資格を持ちながら、長らく製薬会社のMRとして勤務していた。病院と病院をつなぎ、新薬を紹介する立場で見えてきたのは「患者が医療を頼らずに重症化する」現実だった。
「もっと早く医療にかかっていれば救えたはずの人がたくさんいる。でも病院に行くには半日、丸一日つぶれる。有休を取らないといけない社会人も多い。医療は『時間がかかる』業界なんです。そこを変えたいと思ったのが起業のきっかけでした。」
時間とアクセスの壁をなくし、患者と医療の距離を縮める──その志がSeamrの根幹にある。
医療領域は規制や倫理の制約が多く、ビジネスライクな論理だけでは進まない。佐野氏も当初は「効率化」という視点で事業を立ち上げたが、現在は「現場理解」に軸足を置いているという。
「人が関わる業態なので、机上の効率化だけでは動かない。医療の現場を深く理解する姿勢が不可欠だと感じています。」
この柔軟なスタンスは、医療領域で挑戦する起業家にとって重要な学びとなる。
佐野氏が強調するのは「自治体との連携」の重要性だ。医療は公共性の高いインフラであり、自治体の課題感と合致すれば協働の余地が大きい。県立病院や市立病院への橋渡し役にもなるため、事業の最初の足掛かりとして極めて有効だ。
また、資金調達や仲間集めにおいても「課題を共有できる専門家を仲間にする」ことが鍵だという。インタビューから共感者を見つけ、チームに引き込んでいく──これは多くの起業家に応用可能なアプローチだろう。
どこに住んでも質の高い医療が受けられる社会を
佐野氏が描く未来像は明確だ。国民皆保険の仕組みの上に、地域の病院が一つの大きなネットワークとして機能し、どの地域に住んでいても均質で質の高い医療サービスを受けられる社会を実現することだ。
「病院が少ないから引っ越さなきゃいけない──そんな社会をなくしたい。医療インフラを“つなぐ”ことで、場所に縛られない医療アクセスを実現したいと思っています。」
Seamrの挑戦は「高価で特殊な医療機器をシェアする」という単なる効率化ではない。それは「医療資源を社会全体で最適化し、アクセスの格差をなくす」という大きなビジョンに裏打ちされている。
ここには、スタートアップ経営者にとって学ぶべき多くの要素がある。
・規制産業に挑む際の「信用構築の方法」
・成功報酬モデルに象徴される「導入ハードルを下げる工夫」
・現場理解を深めながら進める「医療とビジネスのバランス」
医療領域に限らず、社会インフラの課題に挑む起業家にとって、Seamrの取り組みは示唆に富む事例だ。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)