テスラ公式サイトより
●この記事のポイント
・テスラが電力小売り事業に参入、EVや蓄電池・ソーラーと連動した統合的エネルギー戦略を展開。
・再エネ普及と電力地産地消の流れを背景に、家庭・企業向けに「発電から消費まで」を一元化。
・EV販売に留まらず、電力プラットフォームを狙う挑戦で、規制や競合動向にも注目が集まる。
近年、世界的に注目を集めてきた米テスラのEV(電気自動車)が、2025年に入り販売台数を大幅に減少させていると報じられている。欧州では4月の前年同月比で約半減、イギリスでは7月のEV登録が約60%も減少したとの数字もある。
テスラはなぜ、これほどの販売不振に陥っているのか。ITジャーナリストでロボスタ編集長の神崎洋治氏は、その背景について「主に三つの要因がある」と指摘する。
●目次
EV販売不振の3つの要因
EV不振への対応策「電力小売事業」の全貌
後発ながらテスラが持つ圧倒的な強み
EVと電力事業の「両立」で進む未来
EV販売不振の3つの要因
EV市場の競争激化 中国のBYDやウーディンといった地場メーカーが急速に成長を遂げており、テスラのシェアを押し下げている。市場全体のパイが拡大する中で、テスラが相対的に押されている状況である。
イーロン・マスクCEOの政治的関与 イーロン・マスク氏の政治的な発言や行動が、特に米国や欧州でのブランドイメージに影響を及ぼしている。従来、高級車の部類に入るテスラにとって、ブランド価値の低下は販売に直結する大きな問題である。
主力モデルのアップデート停滞 主力モデルである「モデル3」や「モデルY」の性能アップデートが、他社に比べて停滞しているとの指摘もある。技術の進化が目覚ましいEV市場において、この停滞はテスラの魅力度を損ねる要因となっている。
これらの要因が重なり、テスラの販売落ち込みに直結していると神崎氏は分析する。
EV不振への対応策「電力小売事業」の全貌
こうした状況下で注目されるのが、テスラの「電力小売事業」への本格参入である。実はテスラは、2015年頃からすでにエネルギー事業に着手していた。
「EVは大量の電力を消費するため、そのあたりのところを利用して、家庭に『パワーウォール』という蓄電池システムを設置した」と神崎氏は語る。このシステムをソーラーパネルと組み合わせることで、余剰電力を販売したり、電力料金が高い時間帯に蓄電池から電力を供給したりするなど、家庭のエネルギーコストを最適化する仕組みを構築した。
テスラがこの事業へ本格的に力を入れ始めたのは、2021年頃である。「テスラ・エナジーベンチャーズ」として、小売電力事業者としての登録を完了。そして、「仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)」事業をテキサス州で展開し始めた。これは、各家庭に分散して設置された蓄電池をネットワークでつなぎ、まるで一つの巨大な発電所のように機能させるシステムである。これにより、従来の電力会社とは異なる、効率的なビジネスモデルを確立したのである。
後発ながらテスラが持つ圧倒的な強み
なぜ今、テスラは欧州で電力事業を拡大するのか。神崎氏はその理由を「欧州でEV販売が落ち込む中、既存のユーザーに対して価値を提供する戦略」だと説明する。
報道によると、英国ではすでに25万台のテスラEVが販売され、数万台のパワーウォールが導入済みである。これらの既存ユーザーは、改めて設備を導入する必要がないため、サービスへの「参加障壁が非常に少ない」のである。
ユーザーは、電力小売り事業に参加することで、例えば「月額6万円ぐらいの収入」を得られる仕組みとして紹介されており、経済的なメリットを享受できる。EV販売が伸び悩む中でも、テスラは既存ユーザーとの関係を強化し、新たな収益源を生み出そうとしている。
電力事業としては後発となるテスラだが、神崎氏はその優位性を次のように指摘する。
「テスラは、すでに多くの家庭にパワーウォールという蓄電システムを導入しているという、いわゆる“下地”があることが最大の強みである。ゼロから蓄電池の導入を促すのは大変なコストと時間がかかるが、テスラはすでにある基盤を活かせる」
さらに、電力小売事業とEV事業は、消費者の利便性向上という点でも密接に結びついている。停電リスクへの備えや、EVの安定的な充電といったメリットは、テスラ製品のパッケージとしての価値を高めている。
EVと電力事業の「両立」で進む未来
テスラは今後、主力事業をEVから電力事業に変えていくのだろうか。神崎氏は「EVと電力事業は一体として進めていくのが、非常に効率が良い」と述べ、二本柱として両事業を展開する合理性を強調する。
「どれだけ利益が出ているか、加入者数がどれだけいるかなど、公的な情報は限られているので予測は難しい。しかし、家庭への浸透度の高さや、既存ユーザーの収益化可能性の大きさから、電力事業も一気に成長する可能性は高い」
テスラの戦略は、単なる車の販売から、EV、蓄電池、太陽光発電、そして電力小売りを統合した「エネルギーのプラットフォーム」を構築することへとシフトしている。この統合型アプローチは、従来の自動車メーカーや電力会社にはない、テスラ独自の競争優位性を生み出している。
テスラの電力小売り事業参入は、EV販売減少という課題への対応であると同時に、エネルギー領域での長期的なプラットフォーム戦略の一環である。今後、EVと電力事業のシナジーを活かした新たな収益モデルが、テスラの競争力を再び押し上げる可能性が高いといえる。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=神崎洋治/ITジャーナリスト)