欧州最大級の脱炭素ファンド「EIT InnoEnergy」日本進出の意味…GX加速と国際競争力をめぐる新局面

ビジネスジャーナル 5 時 前
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欧州最大級の脱炭素ファンド「EIT InnoEnergy」日本進出の意味…GX加速と国際競争力をめぐる新局面の画像1EIT InnoEnergy公式サイトより

●この記事のポイント
・欧州最大級の脱炭素ファンドEIT InnoEnergyが日本進出。資金とネットワークでGX加速に期待。
・バッテリー、水素、太陽光、カーボンクレジットなど日本市場で有望分野への投資が予測される。
・日本の強みは品質や製造力、弱点はスピード感。EIT参入で欧州規格適合やユニコーン誕生に現実味。

欧州発の巨額ファンドが日本へ

 2025年9月、欧州最大級の脱炭素ファンド「EIT InnoEnergy(イノエナジー)」が日本に進出するという報が流れ、エネルギー・環境業界に衝撃が走った。

 EIT InnoEnergyは欧州委員会からの支援を受け、再生可能エネルギー、蓄電池、グリーン水素など脱炭素関連産業を丸ごと立ち上げてきた実績を持つ。これまでに同社が投資した企業の資金調達総額は約6兆円を超え、ユニコーン企業も4社誕生している。単なる資金提供にとどまらず、「欧州バッテリー同盟」「欧州グリーン水素加速コンソーシアム」など、産業バリューチェーンをまるごと構築してきた存在だ。

 そんなEITが日本に拠点を置くことは、日本の脱炭素ビジネスにとってどんな意味を持つのか。業界関係者に話を聞いた。

日本市場で注力が予想される分野

 EIT InnoEnergyは、これまで欧州で「産業バリューチェーンの丸ごと立ち上げ」に力を発揮してきた。日本においても、その投資対象は明確だという。

(1)蓄電・バッテリー材料/製造・リサイクル
(2)グリーン水素・アンモニアと関連インフラ
(3)太陽光の国内製造回帰
(4)系統安定化(長時間蓄電や需給調整)

 さらに、EITはカーボンクレジット領域でも、モニタリングやデータ連携型オフセットを手がける企業へ投資実績を持つ。日本で成長しつつあるカーボンクレジット創出ビジネスに対しても、投資可能性は高いとみられる。

欧州と日本の制度・資金環境の違い

 欧州と日本では、脱炭素市場を支える制度や資金調達の仕組みに明確な違いがある。

・制度面
 欧州はEU-ETS(排出量取引制度)やCBAM(炭素国境調整メカニズム)を通じ、炭素コストが競争力の指標になっている。一方日本はGX-ETSが2026年度から本格制度化される段階で、クレジット価格の行方に注目が集まっている。

・資金調達面
 欧州では官民連携プログラムが充実し、EIT自身もEU資金アクセスのワンストップ支援を展開している。日本では大企業の影響力は強いが、実証実験止まりになりがちで、成長資金への接続が弱点だ。

・企業カルチャー
 欧州はアライアンスを組み「まずスケールさせる」文化があるのに対し、日本は品質や確実性を重視し、実証実験を積み上げながら進める傾向が強い。

日本企業の強みと弱点

 有識者は、日本企業の強みとして以下を挙げる。

・材料・部品・装置における精密製造力
・大規模サプライヤー網と品質保証
・水素・アンモニアプロジェクトの先行実証
・サステナブル調達やトレーサビリティに対する真面目さ

 一方で弱点は、意思決定の遅さ、国際規格や認証への対応力不足、そしてグローバル人材・資本の取り込みの弱さだ。「こうした弱みを補完する存在として、EITのネットワークや欧州資本の接続力に期待が寄せられています」と関係者は語る。

日本発ユニコーンは生まれるか

 EITの投資先企業は累計3兆円以上を調達し、4社がユニコーンに成長している。では、日本からも同様の成功は期待できるのだろうか。

「条件としては、初期から欧州市場を見据え、LCA(ライフサイクルアセスメント)やCBAMに適合した事業設計が必要です。サプライチェーン全体を巻き込んだ量産計画、EU資金や民間資金を段階的に活用できる調達設計も不可欠でしょう」

 日本の強みである精密製造や品質保証と、EITが持つ資金・ネットワークがかみ合えば、脱炭素分野で日本発ユニコーンが誕生する可能性は十分にある。

国際情勢と日本の立ち位置

 世界の脱炭素を巡る情勢は複雑だ。米国では政権交代の影響で政策の不確実性が高まり、投資の停滞も懸念される。一方、中国は圧倒的な製造力と価格競争力で世界市場を席巻している。

 そのなかで、日本が勝負できる立ち位置は「米欧市場に適合した品質と規格」だと関係者は指摘する。

「日本は信頼できる供給網、高品質、そしてEU規格に適合できる技術を持つ。米欧市場と相互運用可能な認証やデータ基盤を武器にすれば、中国との単純な価格競争ではなく、グローバルな橋渡し役になれる」

 EITの日本進出は、この「欧州規格側の正式メンバー」として日本企業を位置づける現実的な一手になりうるという。

日本のGX加速への期待

 日本政府はGX実行会議を通じ、20兆円規模のGX経済移行債を発行するなど、脱炭素関連投資を支援している。再生可能エネルギー、CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)、地域資源を活用した分散型エネルギー、カーボンクレジットなど、国としても注力分野を明確にしている。

 今回のEIT進出によって、海外の先進技術や企業ネットワークが日本市場に流れ込み、日本発のGXビジネスを世界へ展開するための大きな後押しになると期待されている。

 関係者は次のように結んだ。

「EIT InnoEnergyが持つ知見とネットワークが加わることで、日本の脱炭素市場全体が活性化し、世界と肩を並べるイノベーションが生まれる可能性が高まります。私たちとしても、自然由来のカーボンクレジットを大規模に創出しつつ、グローバル市場に通用する仕組みづくりを加速させたいと考えています」

 EIT InnoEnergyの日本進出は、単なる資金流入ではなく、「欧州型の制度・市場の仕組み」と「グローバル資金への接続回路」を日本に持ち込むことを意味する。

 日本企業にとっては、自国の強みを生かしつつ弱点を補完し、欧州市場で競争力を確立するまたとないチャンスだ。GX実現の速度と国際競争力の行方を占う上で、今回の進出は大きな分水嶺となりそうだ。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)

参考:グリーンカーボン

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