
●この記事のポイント
・空き家問題が深刻化する中、解体業界にDXを導入し、効率化と透明性を高めた起業家の挑戦を描く。
・レガシー産業の課題を機会に変え、社会課題解決と事業成長を両立させる経営戦略が明らかになる。
・解体を「終わり」ではなく「まちの再生の起点」と捉える発想が、新しい市場創出のヒントとなる。
全国で空き家が900万件を超え、将来的には「3軒に1軒が空き家になる」と予測される日本社会。空き家は防災や治安、景観、資産価値に深刻な影響を与える社会課題として注目されている。そのど真ん中で、解体工事領域にテクノロジーを持ち込み、業界の変革と社会課題の解決を両立させようとしているのが株式会社クラッソーネだ。
同社は「解体工事の一括見積もりサービス」を軸に事業を展開し、これまで2200社以上の工事会社が登録。全国152自治体とも提携するなど、解体業界におけるDXの先駆けとなっている。創業者で代表取締役CEOの川口哲平氏に、事業を通じて見えてきた市場機会と経営の学びを聞いた。
●目次
- 創業の原点──「『街』の循環再生文化を育む」
- 空き家問題は「ニッチに見えてマス」な市場
- レガシー業界の課題に挑む
- 自治体との連携──スタートアップが社会インフラになる道
創業の原点──「『街』の循環再生文化を育む」
川口哲平氏
クラッソーネは2011年に創業された。当初は注文住宅やリフォーム事業も手がけていたが、2019年にエクイティ調達を実施し、解体工事領域に集中する方向へ大きく舵を切った。川口氏が掲げるビジョンは「『街』の循環再生文化を育む」。
「解体というと“壊すだけ”のネガティブなイメージがつきまといますが、実は資材の95%以上はリサイクルされています。解体は循環型社会の重要な起点であり、まちを次の世代につなぐための再生事業なんです」
解体を「終わり」ではなく「始まり」として位置づけ直す。この視点が、クラッソーネの独自性を形作っている。
空き家問題は「ニッチに見えてマス」な市場
現在、日本の空き家数は約900万件にのぼる。総住宅数の13%に相当し、今後さらに増加することが予想される。放置空き家は景観や安全性を損なうだけでなく、不動産価値の下落を通じて経済全体にも悪影響を及ぼす。クラッソーネが代表理事企業を務める「全国空き家対策コンソーシアム」の試算では、5年間で約3.89兆円の損失になるという。
川口氏はこう語る。
「解体工事の市場は一見ニッチに見えるかもしれません。しかし、空き家問題が本格化するこれからは、誰もが向き合わざるを得ないテーマになります。マーケットサイズは想像以上に大きいのです」
創業当初の需要は主に建て替えに伴う解体だったが、いまは「家じまい」需要が急増している。親世代が住んでいた住宅を相続した子ども世代が、住む予定もなく維持管理が難しいために解体を決断するケースが増えているのだ。
「社会課題に直結したニーズは、必ずしも華やかではありません。ですが、だからこそ本質的で強い。ニッチに見えても、実はマスマーケットにつながっていることが多いんです」
レガシー業界の課題に挑む
解体業界には長らく構造的な課題があった。
第一に、価格の不透明さである。同じ建物を解体するにも、見積もり額が業者によって大きく異なる。素人の施主にとって適正価格が分かりにくく、結果として不信感やトラブルが生じやすい。
第二に、品質基準の曖昧さだ。法令遵守や安全対策にコストをかける業者と、最低限の対応しかしない業者が同列に比較され、価格競争に陥りやすい構造があった。
クラッソーネはここに「透明化」という武器を持ち込んだ。複数社から見積もりを提示し、口コミや実績を可視化。工事会社には反社チェック、許可証の確認、風評調査を徹底。さらに、万一の工事トラブルを保証する仕組みも備えている。
「解体工事の発注経験がある人はほとんどいません。だからこそ、不安を払拭し、安心できる仕組みをつくることが最大の価値になる。そこにテクノロジーと仕組み化の余地が大きくありました」
自治体との連携──スタートアップが社会インフラになる道
クラッソーネの大きな特徴は、自治体との積極的な連携だ。現在、152の自治体と協定を結び、横浜市・札幌市・神戸市など政令指定都市にも広がっている。
「多くの自治体には空き家相談窓口がありますが、実際に解体工事まで伴走する仕組みは整っていません。クラッソーネがその役割を担うことで、行政サービスを補完できるのです」
自治体にとっても、放置空き家の解消は大きな課題。そこにスタートアップがテクノロジーとネットワークを提供することで、公共と民間の協働モデルが生まれた。これは他の社会課題領域の起業家にとっても示唆に富む事例だろう。
プラットフォーム型ビジネスには「鶏と卵問題」がつきまとう。顧客がいなければ業者が集まらず、業者がいなければ顧客も集まらない。
川口氏はこう振り返る。
「最初はとにかく一社一社、丁寧に口説いて登録してもらいました。業者さんからすれば『また変な仲介サービスかもしれない』という警戒も強かった。でも、実績と口コミが積み重なるにつれ、『違法業者と一緒に比較されたくないからこそ登録する』という動機が生まれてきたのです」
登録業者数が増え、信頼できる施工事例が可視化されると、顧客の利用も増加。顧客が増えることでさらに業者の登録が加速する。こうしてネットワーク効果が回り始め、成長フェーズに入った。
クラッソーネの挑戦からは、スタートアップ経営者にとって多くの学びが得られる。
(1)ニッチに見える市場を掘り下げよ
一見小さな市場に見えても、社会課題に直結していれば大きな成長ポテンシャルがある。
(2)レガシー業界の「不」を解消するDXは強い
不透明さや非効率をテクノロジーで可視化し、信頼を生み出すことで大きな付加価値を提供できる。
(3)自治体や既存プレイヤーを巻き込め
社会課題ビジネスは単独で広がりにくい。公共や地域プレイヤーと協働することで一気にスケールする。
(4)プラットフォームは“信頼の積み重ね”で回り出す
初期の登録者・利用者の信頼を勝ち取ることが、後のネットワーク効果につながる。
川口氏は最後に、今後の展望についてこう語った。
「解体はゴールではなく、地域の再生のスタートです。更地になった土地をどう活用するか、建築や不動産、リノベーションへと広がっていく。その入口としてクラッソーネが機能することで、まち全体の循環が生まれると考えています。」
解体という一見地味な領域を、社会課題の解決と事業成長の両輪で挑むクラッソーネ。そこには「スタートアップが社会インフラになる」という未来像が見えてくる。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)