UnsplashのCentre for Ageing Betterが撮影した写真
●この記事のポイント
・日本の高齢化を「危機」ではなく「可能性」と捉え、若者と高齢者が対等に関わる仕組みづくりが進んでいる。
・シニアは支えられる存在ではなく知恵や経験を持つ「社会資源」であり、世代間の交流が自己肯定感と行動変容を生む。
・価値観の転換こそが最大のイノベーションであり、高齢社会をポジティブにデザインする視点が日本の未来を変える。
日本は世界に先駆けて超高齢社会を迎えている。高齢者人口は総人口の約3割に達し、労働人口の減少や社会保障費の増大が課題として語られる一方で、高齢者が社会的「負担」として捉えられる風潮は根強い。
しかし、その見方を根本から覆そうと挑んでいる起業家がいる。株式会社AgeWellJapan代表の赤木円香氏だ。同社は「Age-Well=よりよく年を重ねる」という価値観を掲げ、世代を超えた協働を軸に、多様な取り組みを展開している。
本稿では赤木氏への取材をもとに、同社の事業内容、世代間の断絶を超える仕組みづくり、そして「高齢化を可能性に変える」挑戦について紹介したい。
●目次
- 「100歳まで生きたい」人は2割しかいない
- シニアは「負担」ではなく「社会資源」
- 世代間の誤解と断絶を超えて
- 小さな気づきが自己肯定感を育む
- 高齢化は「危機」ではなく「可能性」
- 価値観こそがイノベーション
「100歳まで生きたい」人は2割しかいない
AgeWellJapanが掲げる社会課題の出発点は、日本社会に蔓延する「老いへの不安感」だ。調査によると「100歳まで生きたい」と思う人は、わずか21%。多くの人が、老いを「不安」「孤独」「自己肯定感の低下」と結びつけてしまっている。
「心がポジティブになることで行動変容が起きる。その仕組みを社会に実装したいと考えています」
赤木氏はこう語る。
同社は2020年に創業し、現在はBtoC・BtoB・R&Dの三本柱で事業を展開している。
・BtoC事業では「モットメイト」「モットバー」などのサービスを展開。若者とシニアをマッチングし、伴走する「Age-Well Designer」と呼ばれる若者が、シニアと互いに学び合いながら、人生の新たな挑戦や発見を後押しし、意欲を引き出す伴走を行う。

・BtoB事業では企業や自治体と連携し、シニアコミュニティや新規事業開発を支援。
・R&D事業では会話内容を録音・解析し、シニアがどのようにポジティブに変化していくかを可視化する研究を行っている。
特筆すべきは、こうしたコミュニケーションの変化をデータ化する技術に関して、ビジネス特許も取得している点だ。
シニアは「負担」ではなく「社会資源」
高齢化が進む日本社会では、シニアを「支えられる側」として描くイメージが根強い。しかし赤木氏は、その構造自体を問い直す。
「シニアは本来、知識や経験の宝庫であり、社会資源です。それを活かさずに『負担』とみなすのは大きな誤解です」
背景にあるのは「エイジズム(年齢差別)」だ。年齢を理由に「もう働けない」「派手な服は似合わない」と決めつける社会的偏見は、シニア自身の行動意欲を削ぐ。
その是正に必要なのが「多世代交流」である。心理学的にも、異なる世代の対話が偏見を和らげ、互いを理解するきっかけとなることが知られている。
世代間の誤解と断絶を超えて
同社の取り組みの現場では、世代を超えたユニークな交流が生まれている。
・若者がシニアに恋愛相談をする
・シニアが若者のマッチングアプリのプロフィールを一緒に考える
・料理や生活の知恵を伝授する
・就職やキャリアに悩む学生に、シニアが自身の経験を踏まえて助言する
こうした関係は「支援する側・される側」ではなく「相棒関係」に近い。赤木氏は「縦の関係ではなく横並びで人生をデザインする」ことを強調する。
あるシニア会員は「若者が私を年齢ではなく、一個人として見てくれる」と語った。結果として、若者側のシニアに対するイメージも変わっていく。
小さな気づきが自己肯定感を育む
赤木氏は、自身がシニアから受けたエピソードを紹介する。
炊飯器が壊れて困っていたとき、会員のシニアが即座に鍋での炊き方を教えてくれた。
また、急にポチ袋が必要になった際に、ポチ袋を手作りして持たせてくれた。
一見ささやかな知恵だが、若者から感謝されることでシニアの自己肯定感は高まり、「誰かの役に立っている」と感じられる。すると、挑戦意欲や新しい活動につながる。
実際に「早くお迎えが来ないかしら」と語っていたシニアが、伴走する若者との交流を通じて「人生まだまだこれからだ」と意識を変え、十数年ぶりにピアノに挑戦した例もある。
ある会員は赤木氏にこう伝えた。
「目も耳も衰えてきたけれど、感性だけは衰えることを知らない」
いくつになっても、新しい出会いや体験にときめき、ワクワクする気持ちは失われない。この言葉は、赤木氏が掲げる「Age-Well」という価値観を象徴している。
高齢化は「危機」ではなく「可能性」
AgeWellJapanの活動は、単にシニアの孤独を和らげるだけではない。消費や経済活動にも波及効果をもたらす。
二俣川のコミュニティスペースでは、会員の平均月間消費額が1万2000円増加。エイジウェルフェスティバルでは、同規模イベントの約6倍の売上を記録した。
「不安を煽って商品を売るのではなく、ポジティブな未来に投資してもらう。前向きな価値観が消費を生み、経済を回すんです」
シニアが「まだ社会の一員でありたい」と思える環境を整えることは、個人の幸福だけでなく経済全体の活性化にもつながるのだ。
価値観こそがイノベーション
赤木氏は語る。
「テクノロジーだけがイノベーションではありません。行動変容をもたらす価値観の転換こそがイノベーションです」
同社は「Age-Well Designer」という新しい職業を提唱し、介護や看護の枠に収まらない世代共創型の役割を社会に広げている。将来的には、制度設計や文化変容にも影響を与える存在となることを目指している。
SNSの普及により「孤立」は減っているが、信頼できる関係を持てずに「孤独感」を抱える人は多い。赤木氏は「孤独感を減らすには、信頼関係を築き、自己肯定感を高めることが必要」と語る。
同社が提供するのは、単なる交流の場ではなく「自分は理解されている」という感覚を得られる仕組みだ。
企業や自治体も、Age-Wellの仕組みを応用できる。シニアが持つ知恵や経験を組織の資産として活かし、多世代で価値を共創することは、イノベーション創出にもつながる。
「大手企業や自治体、大学を巻き込みながら、世代共創のエコシステムを広げていきたい」と、赤木氏は展望を語る。
日本はこれからさらに高齢化が進む。しかし、AgeWellJapanが提示する未来像は、「高齢化=危機」ではなく「高齢化=可能性」だ。
世代間の断絶を乗り越え、シニアが再び社会に参画し、若者と共に価値を生み出す。そこには、新しい幸福感と経済循環の芽がある。
「Age-Well」という言葉が日本社会に浸透したとき、世界は日本を「超高齢社会のロールモデル」として見るだろう。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)