プレックスジョブ公式YouTubeより
●この記事のポイント
・木更津タクシーはAIやクラウドを導入し、売上1.5倍・稼働率70%を達成。DX化で地方タクシーの常識を覆した。
・配車効率やバックオフィス業務をデータで可視化し、従業員の意識改革と働き方改善を同時に推進した。
・他業種の知見を取り入れ、現場と共有する仕組みを重視。DXを単なる効率化で終わらせず事業成長に結びつけた。
千葉県木更津市に拠点を構える木更津タクシー株式会社。かつては「紙の日報と勘頼みの配車」が当たり前の、典型的なローカルタクシー会社だった。だが、ここ数年で同社はAIやクラウドを積極的に導入し、売上は前年比1.5倍、月によっては1.8倍という驚異的な伸びを実現。稼働率も業界水準を大きく上回る70%に到達した。
同社の変革を主導したのは、所長の永野陽子氏を中心とした管理職(経営陣)と、親会社である小湊鐵道だ。タクシー業界では難しいとされてきたDXを、なぜ短期間で実現できたのか。その過程には、他業種の常識を取り入れ、現場と経営を巻き込みながら進めた数々の工夫があった。
●目次
- 紙と勘に頼る経営の限界から効率化へ
- アプリ導入で新しい顧客層を獲得
- DX成功の背景にあった「他業種視点」
- 今後の展望:24時間営業と新システム
紙と勘に頼る経営の限界から効率化へ
木更津タクシーが直面していた課題は多岐にわたる。
・手書きの日報を事務員が手作業で集計し、請求書を発行
・営業(配車)は乗務員の勘と経験に依存
・コロナ禍で利用客が減少し、乗務員も「稼げない」と諦めムード
・採用は経験者頼みで、新しい血が入らず組織が硬直化
小湊鐵道の広報担当者は「タクシー業界は“隠すのが正義”という雰囲気すらあった。情報がブラックボックス化し、効率化が進まない状況だった」と振り返る。
このままでは会社が立ち行かないーー。そうした危機感が、DX推進の原動力になった。
最初に手をつけたのは、バックオフィス業務のデジタル化だ。
・「タクコン」システムを導入し、日報や収支を自動集計
・デジタルタコグラフ付きメーターを全車両に搭載し、拘束時間や走行状況をクラウドで可視化
これにより、運行管理者は「紙の日報と格闘していた毎日」から解放された。永野氏は「以前は一日がかりだった集計が、今では1時間以内に終わる。その分、新しい施策の検討に時間を使えるようになった」と語る。
単なる効率化にとどまらず、“可視化”が現場の意識を変えた。拘束時間や走行距離をリアルタイムで把握できることで、経営側は安全管理を徹底でき、乗務員は「自分の働き方を数字で確認する」ようになったのだ。
次に着手したのが、配車の効率化だった。
従来は「駅に戻る」「経験則で待機場所を選ぶ」といった属人的な判断が中心だったが、デジタルメーターから得られる走行データを活用し、「どのエリアで需要が高まっているか」を地図で可視化。これを社内で掲示し、誰でも確認できるようにした。
その結果、乗務員は「駅に戻る前に需要エリアを回る」といった判断を自発的に行うようになり、空車で戻る“空車率(風車率)”が大幅に低下。会社の燃料コストも抑えられ、売上も改善した。
永野氏は「重要なのは“データを現場に隠さず見せる”こと。アプリやメーターの数字を公表することで、乗務員が自分で考えて動くようになった」と強調する。
アプリ導入で新しい顧客層を獲得
木更津タクシーは積極的に配車アプリも導入している。現在は「GO」「Uber Taxi」「S.RIDE」の3種類のアプリを併用。Uberは千葉県内での展開が限定的だったが、同社が営業を働きかけ、市原市から木更津まで利用可能エリアを拡大させた。
アプリ経由の依頼は単価も高く、顧客層も広がった。顧客からの電話予約はコロナ禍直後には1日10件程度に減っていたが、現在は80件にまで回復。さらに、ミニバンのセレナを導入し「大人数や荷物の多い移動に対応する」という差別化も進めている。
DX化は「働き方改革」とも連動している。
・休日を業界平均の80日から110日に拡大
・勤務サイクルを「4勤1休」から「2勤1休」に変更
・労働時間も「9(8)時間拘束・8(7)時間労働」を徹底
「楽に働けて収入も上がる」という環境を整えた結果、若い人材が応募しやすくなり、ベテランも「新人ができるなら俺もできる」と前向きにシステムを使いこなすようになった。
このように、DXと人材戦略を一体で進めたことが成功の要因のひとつだ。
DX成功の背景にあった「他業種視点」
DX導入の成果は明確な数字で表れている。
売上:前年比1.5倍(単月では1.8倍も)
稼働率:65〜70%(業界水準を大きく上回る)
実車率:20〜30% → 40〜45%へ改善
顧客からの予約件数:1日10件 → 80件へ増加
運行管理者の事務作業時間:1日 → 1時間以内に短縮
単なる効率化にとどまらず、「収益性・働きやすさ・顧客満足度」の三方よしを実現している。
タクシー業界はDX化が遅れているといわれる。しかし、木更津タクシーには他業種の視点を持つ人材がいた。
・永野氏は観光業や東京の大手タクシー会社の経験者
・経営陣の一部は美容・宿泊(医療)など全く別業界の出身
「都内のタクシーは地方より3〜10年進んでいる。その仕組みを見て、地方に導入できる部分を探した」と永野氏は言う。外部の成功事例を柔軟に取り入れ、現場に合わせてローカライズしたことが、スピーディーな成果につながった。
今後の展望:24時間営業と新システム
DX化によって車両の稼働率が向上した結果、新たな課題も浮かび上がっている。
・LPガススタンドの営業時間問題:従来の燃料では夜間稼働が難しい
・24時間営業体制の構築:顧客ニーズはあるが、インフラ課題が残る
今後はガソリン車やEVへのシフト、アプリ連携のさらなる強化、さらには「乗務員が車内で需要予測データをリアルタイムに確認できる仕組み」の導入も検討しているという。
小湊鐡道の広報担当者は「タクシー業界は縮小傾向にあるが、木更津にはマーケットがある。だからこそ逆行して、24時間動かすモデルを実現したい」と意欲を示す。
木更津タクシーの事例から、他業種の経営者も学べるポイントは多い。
(1)データは現場と共有する
DXの目的は管理者の効率化だけではない。現場に「数字を見せる」ことで、従業員が自発的に動く文化を生み出す。
(2)働き方改革とセットで進める
休みを増やし、勤務時間を短縮したことで、採用力が高まり、現場も前向きに変革に取り組んだ。DXは制度改革と一体で進めるべき。
(3)外の知恵を取り入れる
他業種や先進地域の仕組みを見に行き、取り入れる勇気を持つ。業界の常識に囚われない視点が、変革の突破口となる。
木更津タクシーのDXは、単なるデジタル化ではなく、「人と組織の意識改革」を伴う全社的な変革だった。その成果は、売上や稼働率といった数字の改善にとどまらず、社員が「もっと働きたい」と思える職場環境を生み出した点にある。
データと現場をつなぐ仕組みを整えれば、伝統産業でも驚くほどの成長を遂げられる。木更津タクシーの挑戦は、その強力な証明といえるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)