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●この記事のポイント
・米国で注目を集めるClaudeなどの生成AIは、金融アナリストやコンサル業務の多くを代替可能とされる。
・データ収集や分析はAIに任せ、人間は経営者理解や課題解決など本質的価値に集中する時代へ移行する。
・若手育成の仕組みや情報管理のリスク対応が課題となる一方、中小企業や地方にも新たなチャンスが広がる。
近年、生成AIの進化は目覚ましく、特に米国ではAnthropic社の「Claude」が金融アナリストや経営コンサルタントの領域に浸透し始めている。「AIが人間の専門職を代替し始めた」との見方が一部で過激に報じられているが、果たしてその実態はどうなのか。金融・コンサルの世界に本当に“職業消失”は訪れるのか。ITジャーナリストの本田雅一氏に話を聞いた。
●目次
- AIが得意とする領域は「ルールが明確な業務」
- 人間が担うべき「本質的な価値」
- 「8割の仕事はAIに」――役割再定義のインパクト
- 都市と地方、中小と大企業――格差はどう広がるか
- 教育・社会の変化も不可避に
AIが得意とする領域は「ルールが明確な業務」
まず本田氏は、AIの特性がどのように金融やコンサル業務にフィットするかを指摘する。
「金融の世界は、法律や規制といったルールが明確で、経済研究も積み上がっています。AIにとっては非常に扱いやすい領域です。従来、ジュニアアナリストが数日かけて作っていた投資レポートを、AIはわずか数分で仕上げることができます」
AIが参入しているのは、情報収集やデータ処理、相関関係の分析など、人手に頼っていた労働集約的な業務だ。経営コンサルタントも、膨大なデータを集めて分厚い資料を作る作業はAIが代替可能になりつつある。
「つまり“補助的な業務”はAIに任せられるようになったわけです。これまで人間が担ってきた仕事の中で、最も時間を要していた業務領域が効率化される。これはアナリストやコンサルタントにとっても大きな意味を持ちます」
人間が担うべき「本質的な価値」
では、AIがレポートや資料を瞬時に作れるようになったとき、人間の役割はどう変わるのか。本田氏は「職業そのものが消えるわけではない」と強調する。
「アナリストやコンサルタントが不要になるのではなく、求められる役割が変わるのです。AIは過去データを基にした論理的な分析は得意ですが、企業の背景や経営者の思惑、組織文化といった“文書化されていない情報”までは理解できません。そこにこそ人間の価値があります」
実際、経営者にとってコンサルタントの存在価値は、単なる数字の分析以上に、課題の本質を見抜き、将来に向けての方向性を共に考える点にある。AIが作る提案書は“氷山の一角”にすぎず、暗黙知や経験値に基づく助言は人間でなければできないのだ。
「8割の仕事はAIに」――役割再定義のインパクト
本田氏は「現状のアナリストやコンサルタントの業務の8割はAIで代替可能」と語る。一見すると衝撃的だが、それはむしろ人間に残る2割の業務の重要性を浮き彫りにする。
「AIに任せられるのは、資料作成や統計処理などの作業です。しかし人間にしかできないのは、そこから得られた示唆をどう活かすかを考え、クライアントに寄り添って意思決定を支援すること。結果として、職種が消えるのではなく、職務の焦点が“本質的価値の創出”へと移行するのです[隆松2] [隆松3] 」
プログラマーの例を挙げればわかりやすい。コードを書くという行為自体はAIに任せられるが、システムの設計思想やユーザー体験をどう描くかは人間が担う部分だ。金融やコンサルも同じく、「発想力と人間理解」が中核になる時代へと移行していく。
一方で懸念されるのが、若手の育成環境だ。従来、ジュニアアナリストやパラリーガルといった“下積み的業務”を通じて、専門職としての基礎を学ぶ仕組みがあった。しかし、その役割はAIが担ってしまう可能性が高い。
「これまで弁護士を志す人がパラリーガルとして経験を積んできたように、金融やコンサルにも若手が地道に学ぶプロセスがありました。ですが、そうした労働集約型の業務はAIに代替されていく。となれば、育成の仕組みを根本から再設計する必要があるでしょう」
これは逆に言えば、若手がより早期に実践的な場に携われるチャンスでもある。単なるデータ処理に時間を費やすのではなく、AIを活用しながら上位業務に直接関わることで、成長のスピードは速まるかもしれない。
都市と地方、中小と大企業――格差はどう広がるか
AI活用の度合いによって、企業間の競争力にも変化が生じる。大企業がリソースを投じてAIを全面的に導入すれば、効率性と分析力で一段と優位に立つことは間違いない。
しかし本田氏は「格差が広がる一方で、逆転の可能性もある」と語る。
「従来は人材や資金が不足して挑戦できなかった中小企業や地方の事業者でも、AIを駆使すれば新しいビジネスを生み出せます。美容師が自らのサロンに最適化した予約システムをAIで開発し、パッケージ化して販売するといった事例も生まれ得る。AIは大企業の武器であると同時に、小規模事業者にとってのチャンスでもあるのです」
ただし、無条件にAIを導入すればよいわけではない。企業にとって最大のリスクは、情報管理と利用ルールの不備だ。
「顧客情報や社外秘のデータをどう扱うか、どこまでAIに渡すのか。その理解が甘いと大きなリスクになります。AIを[F4] 提供する企業はセキュリティを考慮していますが、使う側のリテラシーが追いつかなければ意味がありません。全社員がAIの仕組みを理解する必要はなくても、最低限のガイドラインを設け、共通認識を持たせることが重要です」
つまり、企業戦略としては「AI活用力」と「情報リスク管理力」の両立が求められる。
教育・社会の変化も不可避に
AIが知識の伝達を担う時代、教育のあり方も変わらざるを得ないと本田氏は言う。
「知識そのものはAIが提供してくれる。重要なのは、それをどう使いこなし、新しい価値を生み出すかという方法論です。教育も、知識暗記から“価値創造のトレーニング”へとシフトしていくでしょう」
同様に、企業においても「過去のやり方をなぞる」働き方は通用しなくなる。AIが当たり前に存在する社会で、人間がどのように独自の付加価値を出すかが問われる。
総じてAIは、金融アナリストやコンサルタントを“消す”のではなく、“再定義する”。人間はAIに任せられる部分を切り離し、本質的な判断・発想・人間理解に集中することになる。
「AIを前提に仕事を設計し、どう使いこなすか。それが一人ひとりの競争力になります。AIと競うのではなく、AIと共に働く力こそ、これからのビジネスパーソンに必須のスキルです」
AIは脅威であると同時に、大きな可能性を秘めた道具だ。変化の波を恐れるのではなく、自らの仕事を再定義し、AIと共創する姿勢が求められている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=本田雅一/ITジャーナリスト)