日本シニアライフ公式サイトより
●この記事のポイント
・従来のデイサービスに男性が通わない課題に直面し、カジノ型デイサービス「ラスベガス」が誕生。娯楽を通じて介護の常識を覆した。
・利用者は麻雀やポーカーを楽しみながら、知らず知らずに体操や健康チェックも行う。遊びを介した仕組みが心身の改善につながっている。
・「介護は暗いもの」という固定観念を打破し、高齢者が自ら通いたくなる“楽しい選択肢”を提示。社会に新しい介護像を広げている。
カジノをモチーフにしたユニークなデイサービス「ラスベガス」が実に画期的なサービスだ。麻雀やポーカーに夢中になる利用者の姿は、従来の介護施設のイメージを大きく覆す。楽しさを通じて心身の改善を促し、高齢者が自ら通いたくなる場所へと変えた「ラスベガス」。その誕生の背景と挑戦を追った。
●目次
- “介護施設らしくない”空間づくり
- 健康づくりも“気づかないうちに”
- 固定観念を打ち破る挑戦
「デイサービスに行くぐらいなら、死んだほうがマシだ」
日本シニアライフ株式会社代表取締役・森薫氏は、かつて従来型のデイサービス施設を運営していたときに、利用を勧めた男性高齢者からこんな言葉を突きつけられた。
当時のデイサービスは女性利用者が大多数を占め、男性の姿はほとんど見られなかった。ケアマネジャーが男性に勧めても「行きたくない」と断られる。説得に行っても「俺を晒し者にするのか」と怒鳴られる。現場スタッフからは「男はもう死んでるから来ないんだよ」と自嘲気味の声もあった。
一方、女性であっても「子どもじみたレクリエーションは嫌だ」と参加をためらう人が少なくなかった。森氏はこうした現実に直面し、「介護の場にもっと楽しさや誇りを取り戻せないか」と模索し始める。
転機は、アメリカ視察で目にしたカジノだった。そこに集まっていたのは高齢者たち。ポーカーやスロットに熱中し、笑顔で談笑する姿に、森氏は日本のデイサービスとの決定的な違いを見た。
「日本の介護施設では、誰かに勧められて仕方なく来る人が多い。でもカジノには、楽しさを求めて自らやって来る高齢者があふれていた。これだ!と思いました」
それならば、カジノをモチーフにしたデイサービスを作ればいいーー。この発想から生まれたのが「ラスベガス事業部」である。
“介護施設らしくない”空間づくり
2013年、東京・足立区に1号店が開設された。内装は白壁と蛍光灯の病院風ではなく、ラスベガスのカジノを再現。ブラックジャックやポーカー、麻雀、パチンコ、カラオケなど、多彩な娯楽が揃う。送迎車も「介護車両」ではなく黒塗りのミニバンに「LAS VEGAS」と金文字をあしらい、利用者に“誇らしさ”を感じてもらう演出を施した。
もちろん、機能訓練や口腔ケア、入浴介助、食事提供、健康チェックといった基本サービスも提供。自治体の認可を正式に得ており、介護保険制度に基づく事業として位置付けられている。
「一般的な折り紙や切り絵も希望があればできます。しかし、メインはあくまでカジノ。利用者が“行きたい”と思える空間にしたかったんです」
「ラスベガス」には現在、月間約1300名が利用し、そのうち実に800名が麻雀を楽しむという。特に男性利用者の比率は7割と、従来型デイサービスの逆転現象が起きている。
「家では一言も話さない男性が、ラスベガスでは麻雀をしながら饒舌に語る。そんな姿を見て家族が驚くケースはよくあります」
利用者の要介護度が改善する事例や、認知症の方が笑顔で会話を取り戻す場面も少なくない。家族からは「父が明るくなった」「母が再び社交的になった」と涙ながらに感謝されることもある。
また、現役時代に社会的地位を築いた男性たちが、自らの仕事の誇りを語り合う場にもなっており、介護施設が「自己表現の場」として機能しているのも特徴だ。
健康づくりも“気づかないうちに”
一見すると娯楽施設のようだが、健康づくりも巧妙に組み込まれている。利用者は来所時にバイタルチェックを受け、全員で10分間の体操を行う。BGMはレディー・ガガのポップス。体操に参加すると「ベガス紙幣」が配られ、それを使ってゲームに参加できる仕組みだ。
「1日を通して合計40分ほど体操するプログラムになっています。でも“リハビリ”と掲げると行きたくなくなる方が多い。だから“遊びのついでに”という形にしているんです」
利用者は知らず知らずのうちに運動し、身体機能の維持向上にもつながっている。
カジノを模したデイサービスは前例がなく、開設当初は地域から「怪しい施設を作るな」と警戒されることもあった。
「出店の際は必ず町内会や警察署に挨拶に行き、実態を説明します。無届けの賭博と誤解されないように、透明性を大事にしています」
理解が進むにつれ、地域からは「こういう施設があってよかった」と歓迎されるようになった。
固定観念を打ち破る挑戦
森氏が直面した最大の壁は「介護はこうあるべき」という固定観念だった。
「介護の常識にとらわれて、“デイサービスはリハビリやレクリエーションを提供する場所”という発想から抜け出せない人が多かった。しかし一番大事なのは利用者が笑顔でいられること。そのためなら常識を疑う必要があると思ったんです」
結果として「ラスベガス」は利用者と家族に支持され、男性が集う稀有なデイサービスとして成長した。
日本には約5万のデイサービスがあるといわれる。しかし、多くの人の頭に浮かぶイメージは似通っている。森氏は「介護にもっと選択肢を」と訴える。
「ラスベガスのようなエンタメ型があってもいいし、芸術型や学習型があってもいい。介護はもっと選択肢があっていいはずです」
高齢化社会が進む中で、介護を“暗いもの”から“前向きな生活の選択肢”へと変えていく。その挑戦が「ラスベガス」の意義だ。
今後の展開について森氏は慎重だ。
「全国展開するつもりはありません。縁のある地域で、必要とされる場所にだけ広げていきたい。高齢者住宅事業も含め、身の丈に合った形で続けていきます」
華やかなカジノの裏にあるのは、利用者一人ひとりの“生きがい”を尊重する姿勢である。
介護は誰にとっても避けられないテーマだ。森氏の挑戦は、「介護を楽しむ」という新しい視点を提示している。
「介護が必要になっても“ラスベガスに行ける”と前向きに思える社会になったらいい」
そう語る森氏のビジョンは、現役世代にとっても、自分や家族の未来を考えるヒントになる。介護を“明るく捉える”という発想の転換が、これからの日本社会に求められているのではないだろうか。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)