富士フイルム公式サイトより
●この記事のポイント
・在宅医療や介護の現場で小型エコーの導入が進み、排泄や嚥下の可視化によりケアの質と効率が向上している。
・看護師も活用できる設計やAIアシスト機能が整い、医療DXの一環として教育カリキュラムにも組み込まれ始めた。
・介護施設や訪問看護で成果が見え始め、医療従事者の負担軽減と患者のQOL向上を両立する新しいツールとして注目される。
超音波診断装置、いわゆる「エコー検査」は、以前は病院の検査室に設置された大型機器が主流だった。健診や産科診療で広く用いられ、医師が診断に活用する代表的な画像診断装置のひとつだ。
しかし1990年代、戦場や災害現場でも使用できる小型エコーの開発が進む。湾岸戦争では米軍が野戦病院向けに持ち運び可能な装置を要請し、のちに富士フイルムグループの一員となったソノサイト社が世界初の携帯型エコーを実用化した。以降、ICUや救急のベッドサイド、在宅医療や災害現場でも使える「小型・携帯型エコー」の需要が拡大していった。
富士フイルムは2012年にソノサイト社を買収し、大型装置に加えて、小型装置まで幅広いラインアップを拡充。臨床現場の多様なニーズに応える体制を構築してきた。
●目次
- 在宅医療・高齢化社会が求める新しいエコー
- 看護師がエコーを使う時代へ
- 現場での導入事例 ― 介護施設・訪問看護で広がる
在宅医療・高齢化社会が求める新しいエコー
こうした歴史を踏まえ、富士フイルムメディカルが2019年に発売したのが、ワイヤレス超音波画像診断装置「iViz air(アイビズ エアー)」である。
開発の背景には、日本社会が直面する大きな課題がある。高齢化に伴い、医療は「入院中心」から「在宅中心」へとシフトしている。寝たきりや認知症の高齢者も増え、生活の質(QOL)を維持するには「食べる・出す・眠る」といった基本的な営みを支えるケアが欠かせない。
なかでも重要とされるのが、排便・排尿・嚥下(飲み込み)機能の評価である。従来、これらは問診や観察で把握していたが、患者本人が正確に伝えられないケースも多く、医療従事者にとって大きな課題だった。
富士フイルムメディカル 超音波事業部 マーケティンググループの仲素弘氏は次のように説明する。
「便や尿が溜まっているかどうかを“体の中を可視化”できれば、医師や看護師は根拠を持ってケアを選択できます。高齢者や認知症患者にとっても、生活の質を支える重要な要素になります」
看護師がエコーを使う時代へ
これまで「エコーは医師が診断に使うもの」という認識が強かった。しかしポケットエコーの登場により、看護師がケアの一環としてエコーを使うという新しい流れが生まれた。
看護師が患者の腹部にエコーを当て、膀胱や直腸の状態を確認する。便秘かどうか、尿が溜まっているかを可視化し、下剤投与や導尿といった処置が本当に必要かどうかを判断する。結果は医師や介護士と共有され、多職種でのチームケアに活用される。
2024年7月には「ポイントオブケア看護エコー(照林社)」が発売され、その表紙には「看護師がエコーを使う時代がやってきた」と書かれている。また、2025年4月からは大学の看護学教育カリキュラムに、看護師が学ぶ基本技術の中の、第6のフィジカルアセスメントとして、超音波(エコー)診が追加され、「エコーで排便(直腸の便塊の貯留)や排尿(残尿測定)をエコー下で評価する」内容が正式に盛り込まれた。これは国内の医療教育においても画期的な一歩である。
iViz airの特徴のひとつが、AI技術を用いたアシスト機能だ。
例えば膀胱の尿量測定は、従来は複数のステップで計測点を設定する必要があったが、AIが自動で領域を認識し、簡単に数値を算出できる。直腸内の便についても、AIが画像を解析し「便がある」「空虚な直腸(便なし)」といった判定を支援する。
仲氏はこう語る。
「特に初めてエコーを扱う看護師の方でも迷わず操作できるように設計しています。AIアシスト機能についても、“看護師の方に使っていただきやすいこと”を主眼に開発を進めました」
現場での導入事例 ― 介護施設・訪問看護で広がる
発売から約半年後には国内で1000台を突破。特に在宅医療(訪問看護)や介護施設での評価が高い。大手介護事業者チャームケアコーポレーションでは、全国93施設全てに導入。膀胱内尿量や直腸内の便の有無を可視化することで、下剤の使用頻度が減り、介護時間の削減やスタッフの負担軽減につながった。入居者のQOL向上に加え、人手不足に悩む介護現場の経営改善にも寄与したという。
訪問看護ステーションでも導入が進む。看護師が在宅患者を訪問し、エコーで体内を確認。結果を患者本人や家族に示しながらケア方針を共有できるため、納得感の高い医療につながっている。
厚生労働省や日本看護協会も「看護DX」の一環として、デジタル技術の活用を推進している。
ポケットエコーは、単なる診断機器にとどまらず、「業務プロセスを根本から変えるツール」として認識されつつある。
さらに、介護ロボットや排泄支援・排泄予測テクノロジー導入に対する補助金制度にも対象機器として含まれ、導入拡大に拍車がかかっている。
仲氏は今後の展望を次のように語る。
「将来的には、僻地医療やオンライン診療との連携も進むでしょう。医師が少ない地域で、看護師が訪問し、現場で撮像したエコー画像を医師に送信し、遠隔で診療をサポートする時代がすぐ目の前まで来ていると思います」
日本は「人生100年時代」を迎え、健康寿命をいかに延ばすかが社会的課題となっている。最後まで自分の力で食べ、排泄し、生活を続けること。その実現を支えるのがケアであり、その可視化を担うのがポケットエコーだ。
富士フイルムメディカルは今後も医師向けの高度な診断機器に加え、看護・介護領域に根差したツールを提供することで、「高齢化社会の解決策」を提示していく。
仲氏は取材の最後にこう締めくくった。
「ポケットエコーは、単なる医療機器ではありません。患者さんの生活を守り、介護現場を支え、医療従事者の働き方も変えていく“社会インフラ”になり得ると考えています。」
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)