株式会社Helical Fusion公式サイトより
●この記事のポイント
・Helical Fusionは、日本独自の「ヘリカル型」核融合炉で商用化を目指し、エネルギー安全保障に新たな選択肢を提示している。
・世界がトカマク型やレーザー型に挑むなか、ヘリカル型は安定性・保守性に優れ、実用発電に直結する方式として注目される。
・核融合が社会実装されれば、脱炭素とエネルギー自立を同時に実現し、日本発技術が世界のエネルギー地図を塗り替える可能性がある。
「太陽のエネルギーを地上で再現する」――核融合発電は人類が長年追い求めてきた夢のエネルギー源だ。CO2を排出せず、燃料は海水から採取可能で、廃棄物の管理期間も原子力発電に比べて格段に短い。もし実用化されれば、地球規模のエネルギー問題を一変させるポテンシャルを持っている。
その核融合に「ヘリカル型」という方式で挑むのが、株式会社Helical Fusionだ。同社は社名に「ヘリカル」を冠し、研究者とビジネス人材が結集して2021年に設立。日本が誇る国立研究機関「核融合科学研究所」の20年以上にわたる研究成果を引き継ぎ、商用化にまい進している。
同社に、核融合の基本から、なぜ同社が「ヘリカル型」にこだわるのか、その理由と展望を伺った。
●目次
- 核融合とは ーー「地上に太陽をつくる」
- 世界の主流「トカマク型」と「レーザー型」の壁
- 「ヘリカル型」こそ持続可能な選択肢
- 日本にとっての意義 ― エネルギー安全保障の切り札
- Helical Fusionの挑戦
核融合とは ーー「地上に太陽をつくる」
まず、核融合の基本から整理しておこう。現在、我々が使っているエネルギーの多くは「太陽由来」だ。太陽光発電はもちろん、風力や水力も大気や水の循環を動かす太陽エネルギーの間接利用である。石炭や石油といった化石燃料も、太古の太陽エネルギーが生物に蓄積されてできたものだ。
核融合は、その「元」である太陽そのものを地上に再現する発電方式だ。水素の同位体である重水素や三重水素を1億度以上に加熱し、プラズマ状態にすると原子核が融合してエネルギーを放出する。このとき生じる高エネルギーの中性子を壁(ブランケット)にぶつけ、熱に変換し、タービンを回して発電する仕組みである。
広報担当の吉村奈保氏は次のように説明する。
「核融合は暴走するリスクがなく、燃料は海水から取れます。放射性廃棄物も数十年から百年ほど管理すれば再利用可能で、原子力発電のように1万年単位で残ることはありません。持続可能なベースロード電源として世界を根本から変える可能性があります」
世界の主流「トカマク型」と「レーザー型」の壁
現在、世界で主流とされるのは「トカマク型」だ。ドーナツ型の装置で磁場を作り、プラズマを閉じ込める方式で、多くの国際共同プロジェクトが進んでいる。しかしトカマクには大きな課題がある。
「最大の問題は、プラズマが突然消える“ディスラプション”と呼ばれる現象です。原因が完全には解明されておらず、発電炉そのものを壊しかねないリスクを抱えています。つまり、安定した商用運転に至るまでには、まだ科学的に乗り越えられていない壁があります」
一方、レーザー方式は小さな燃料ペレットに高出力レーザーを照射して核融合を起こす。実験室レベルで「投入したエネルギー以上を出した」と話題になったが、吉村氏は冷静に語る。
「システム全体で見れば効率はまだ0.01程度。さらに規模を大きくすれば、どれだけエネルギーを出せるかという“スケーリングモデル”も確立されていません。商用化までは長い道のりが残っています」
「ヘリカル型」こそ持続可能な選択肢
こうしたなかでHelical Fusionが選んだのが「ヘリカル型(ステラレーター)」だ。岐阜県の核融合科学研究所、その前身にあたる京都大学や名古屋大学を含めると約70年研究が重ねられてきた方式で、世界最大級の実験装置「LHD(Large Helical Device)」で実証が積み重ねられてきた。
「ヘリカル型は、他方式が抱える致命的な欠陥を持ちません。特に大きいのは“安定性”です。磁場をねじれたコイルで作ることで、プラズマを自然に閉じ込められる。トカマク型のようにプラズマ自体に流す電流を制御し続けなくても、いったん起動すれば安定して燃焼を維持できます」
吉村氏によれば、商用化のためには3つの条件を満たす必要がある。
1.定常運転 ― 365日24時間、安定して電気を出し続けられること
2.正味発電 ― 入力した以上の電力を外部に供給できること
3.保守性 ― 短期間のメンテナンスで高い稼働率を維持できること
「ヘリカル型は、この三要件を唯一、すべて満たせる方式だと考えています。特に保守性については、他の方式は必ずしもメンテナンスまで見通せているものばかりではないなか、私たちは“実用発電”を見据え、最初からこの視点を重視しています」
日本にとっての意義 ― エネルギー安全保障の切り札
核融合の実用化は、単なる技術革新にとどまらない。日本にとっては国家戦略に直結する。
「日本はエネルギー資源の8割以上を輸入に頼っています。核融合が実用化すれば、他国から燃料を輸入せずとも高効率なエネルギーを確保できるので、エネルギー自給率を一気に引き上げられる。ひいてはエネルギーを輸出する立場に転換できる可能性もある。これは国家の安全保障にとって極めて重要な意味を持ちます」
再生可能エネルギーも注目されているが、天候や立地に依存するため安定的なベースロード電源にはなりにくい。核融合こそが、持続可能で安定した電源の切り札となる。
核融合研究は長らく「科学」の領域にあった。どうすれば核融合反応が起きる条件をつくって保持できるのか、その基本的な仕組みを解き明かす段階である。しかし吉村氏は「ヘリカル型はすでに科学的な段階を超え、工学フェーズに入っている」と強調する。
「プラズマを1億度以上に加熱し、安定して維持することはすでに実証済みです。残る課題は、いかに効率よく発電に結びつけるか、そして商用炉として経済性を持たせるか。この段階は“サイエンス”ではなく“エンジニアリング”です。日本のものづくりの強みが生きる領域に、ようやく核融合が到達しました」
Helical Fusionの挑戦
Helical Fusionは、核融合科学研究所の研究者たちとビジネス人材が中心となり、「「国によって実用化直前まで進められた研究を引き継いで、社会に還元する」という強い使命感から誕生した。
「豆電球1つを点ける実験にとどまらず、商用化して人類の歴史の転換点をつくる」。私たちはそのために会社を立ち上げました。ゴールは明確で、“人の役に立つ電源”をつくること。その実現に向けて、情熱を持って挑んでいます」
夢のエネルギーを現実のものとするために世界が多様な方式で核融合の商用化を目指すなか、Helical Fusionは日本独自の研究成果を起点に、「実用発電」という明確なゴールへと挑戦を続けている。日本発の技術が、地球規模のエネルギー構造を変える日も遠くないかもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)