3Dプリンター住宅のイメージ(セレンディクス公式サイトより)
●この記事のポイント
・セレンディクスが開発した3Dプリンター住宅は、24時間で施工可能、価格も従来の1/10を目指す革新的技術。
・災害復興やウクライナ支援に加え、防衛や公共建築など幅広い分野に応用が進み、社会的意義も拡大。
・「住宅ローンからの解放」を掲げ、300万円で100平米住宅を提供する未来を描き、世界市場10億棟を狙う。
住宅ローンに縛られない未来を実現できるのか。わずか24時間で建つ3Dプリンター住宅を開発したセレンディクスは、低価格で高性能な住まいを世界に広げようとしている。日本発の挑戦は、災害復興やウクライナ支援、防衛分野にまで広がり、「住宅産業の再発明」を加速させている。
●目次
- 住宅の常識を覆す「24時間施工」
- 世界の3Dプリンター住宅との違い
- 広がる市場──BtoB・公共・防衛
- 3Dプリンター住宅がもたらす「自由」
住宅の常識を覆す「24時間施工」
「23時間12分で、住宅一棟を完成させました」
セレンディクス株式会社COOの飯田國大氏は、2022年に日本初となる3Dプリンター住宅を発表した際をこう振り返る。場所は愛知県小牧市の工場。従来なら数か月を要する住宅建築が、わずか1日で終わった瞬間だった。
その後、同社は限定6棟の住宅販売(50平米・550万円)、さらには世界初となる「3Dプリンター駅舎」の建設にも成功。最終電車が出た後、翌朝までに完成させてほしいという依頼に対し、実際は2時間半で仕上げてしまった。
住宅の建設に要する時間を圧倒的に短縮し、価格も従来の10分の1を目指す──これがセレンディクスのビジョンだ。
セレンディクスが掲げる戦略の根底には、「住宅ローン問題」への強い問題意識がある。
日本人が住宅ローンを完済する平均年齢は73歳。約4割の人が生涯マイホームを持てず、持てたとしても老後まで返済に追われる。さらに、退職金は30年前の約3000万円から1500万円へ半減。
「一度しかない人生を、住宅ローンに縛られるのはおかしい。自由を阻害している最大の要因が家だと考えています」と飯田氏は語る。
同社が掲げる究極の目標は「100平米の住宅を300万円で提供すること」。現状はまだ道半ばだが、レベル100をゴールとすると、すでに「レベル19」まで到達しているという。
世界の3Dプリンター住宅との違い
世界でも3Dプリンター住宅の試みは進んでいるが、その多くは「壁部分のみを出力し、屋根や内装は従来通り人の手で仕上げる」方式だ。施工期間は半年、コスト削減も3割程度にとどまる。
対してセレンディクスは、屋根まで含めた「一体成形」に挑戦。24時間以内の施工と価格の大幅な圧縮を実現している。さらに、コンクリートに断熱性能を組み込み、耐震性能も日本基準をクリア。世界最高水準の住宅性能を目指す。
セレンディクスの住宅は、平時だけでなく災害時にも力を発揮する。
2023年1月の石川県珠洲市の地震では、住宅価格が急騰するなか、いち早く現地に乗り込み、50平米・550万円で住宅を提供。価格高騰を抑える効果をもたらした。
この経験がウクライナ支援にもつながる。戦争で200万棟以上の住宅が破壊された同国に対し、セレンディクスはデジタルデータを無償提供することを表明。2025年春までに70平米の建物を建設する計画を進めている。
「震災直後や戦争下での復興住宅は、従来の建設会社にとって難しい領域。だからこそスタートアップの我々が挑む意味があるのです」
広がる市場──BtoB・公共・防衛
3Dプリンター住宅と聞くと「個人の小さな平屋」というイメージが強いかもしれない。しかし、実際にはBtoBや公共建築、防衛分野まで広がっている。
店舗やレストラン、駅舎、万博会場の施設に加え、防衛省との協力で防爆シェルターの開発も進む。壁を二重・三重構造にできる3Dプリンター建築は、防衛分野との親和性も高い。
さらに、セレンディクスは施工自体は担わず、デジタルデータを世界に提供するモデルを採用。すでに5か国で同一データによる建築実証を成功させており、水平分業による住宅産業の再編を進めている。
「もし300万円で家をつくれるなら、世界で10億棟は売れるだろう」。ある日経記者の言葉をきっかけに、セレンディクスはグローバル展開を加速させた。
日本国内ではJR西日本との資本業務提携をはじめ、大手印刷会社、自動車メーカーとも連携。海外ではタイ最大手の財閥とも協力し、材料開発や供給体制を整えている。問い合わせは1万件を超え、うち3000棟以上が具体的な購入希望だ。
3Dプリンター住宅がもたらす「自由」
セレンディクスが描く未来は、単なる低価格住宅の提供にとどまらない。住宅ローンがなくなったら、人は何を選択するのかーー。仕事、家族、挑戦──人生の自由を取り戻すことが、同社の最大のミッションだ。
現在、国内外で実証棟はわずか十数棟にすぎない。しかし、建設キャパはすでに年間500棟規模に拡大。BtoC・BtoB・ガバメント・防衛・グローバルの五つの柱で事業を進めるなか、同社は「住宅産業の完全ロボット化」という壮大な目標に挑み続けている。
「私たちのファーストミッションは、30年の住宅ローンをゼロにすることです。家が自由になれば、人の人生はもっと自由になる」
飯田氏の言葉には、3Dプリンターというテクノロジーを超えた「住宅の再発明」への情熱が宿っていた。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)