UnsplashのAdéla Kunzováが撮影した写真
●この記事のポイント
・豊島区は、終活の意向を「もしもの時」に伝えるため、終活情報登録制度を開始した。これは、意思表示が困難な状況で、登録情報を警察や医療機関などに開示する仕組みだ。
・高齢化で「おひとりさま」が増える中、横須賀市や大和市など他の自治体も、情報登録に加え、経済支援や専門家による総合的な終活支援を展開している。
・豊島区の課題は、登録手続きの煩雑さにあり、利用拡大にはデジタル化や簡素化が必要だが、終活を始めるきっかけとして効果を発揮している。
近年、高齢化と核家族化の進展により、「終活」は個人の人生の終わりを自らの意思で準備し、残された人々の負担を軽減するための重要な活動となっている。特に単身高齢世帯の増加や、親族との関係性の希薄化が進む社会情勢を背景に、「もしもの時」に本人の意向が尊重され、迅速かつ円滑な対応が可能となるよう、自治体による支援の必要性が高まっている。
この社会的背景のもと、東京都豊島区が導入した「終活情報登録制度」は、本人の意思を未来につなぐ具体的な仕組みとして注目される。本稿では、終活を取り巻く現代社会の状況を概観しつつ、豊島区福祉部高齢者福祉課終活支援グループへの取材に基づき、豊島区の取り組み内容とその課題を整理する。さらに、他の自治体の事例と比較することで、終活支援の多様なアプローチを明らかにする。
●目次
- 現代社会における「終活」の重要性
- 豊島区の「終活情報登録制度」:本人の意思を未来につなぐ仕組み
- 他自治体の終活支援事業との比較
- 終活支援のこれから
現代社会における「終活」の重要性
終活とは、人生の終わりに向けて、自分自身の希望や準備を整理する活動の総称だ。具体的には、介護、医療、葬儀、相続、遺品整理、そして緊急時の連絡先など、多岐にわたる項目が含まれる。
1. 高齢化と単身世帯の増加
日本の高齢化率は世界的に見ても高く、2025年には団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる「2025年問題」を抱えている。さらに、生涯未婚率の上昇や家族の多様化により、「おひとりさま」として生活する高齢者が増えている。
2. 「もしもの時」の意思表示の困難さ
単身者が事故や病気で意識不明になったり、急死したりした場合、本人のリビングウィル(延命治療に関する意思)や、葬儀・納骨に関する希望を家族や関係者に伝える手段がないという問題が深刻化している。これにより、行政による身元の確認や死後事務が滞り、無縁遺骨の増加や、故人の尊厳を守れない事態が発生しやすくなる。
3. 残された人々の負担軽減
終活が不十分だと、残された親族や知人は、本人の意思を推測しながら、煩雑な手続きや費用の負担、人間関係の調整などに追われることになる。終活は、自身が望む最期を実現するためだけでなく、大切な人々への「思いやり」や「負担軽減」という意味合いも持つ。
豊島区の「終活情報登録制度」:本人の意思を未来につなぐ仕組み
豊島区は、こうした社会情勢を踏まえ、区民の「もしもの時」に備えるための具体的な支援策として、「終活情報登録制度」を導入した。
1. 制度開始の背景・理由
豊島区は、終活の相談窓口である「豊島区終活あんしんセンター」を令和3年2月より先行して開始していた。相談を通じて、区民が介護、葬儀、相続などの希望を整理しても、事故や病気で意思表示ができなくなった場合、その希望を伝える手段が無くなってしまうという切実な課題に直面した。この経験から、「ご本人の想いを正しく意思表示できる仕組みが必要」であると考え、令和4年4月に「終活情報登録制度」を立ち上げた。
2. 制度の具体的な内容
この制度は、区内在住の65歳以上の方(その他必要と認める方)を対象としている。
対象者:区内在住の65歳以上(その他必要と認める方)
登録内容:終活で準備したこと(リビングウィルの有無、葬儀・納骨の希望など)や、緊急連絡先など
情報の開示:万が一の際(意思表示ができない状態・死亡)に、区が情報を開示する。
照会可能な者:警察、消防、医療機関、福祉事務所、および本人があらかじめ照会可能な者として登録した方。
留意点:区から関係者へ連絡する制度ではない。照会があった場合にのみ情報を開示する。
この制度は、あくまで「情報伝達の保険」としての役割を果たす。本人の意思が書かれたエンディングノートなどの保管場所や、緊急時の対応者を区が預かり、必要な時にのみ開示することで、本人の尊厳と意思を確保することを目的とする。
3. 現状と効果・成果
事業開始から現在までの登録者数は50名(取材時点)と、まだ限定的だ。運用開始から情報開示に至ったケースは確認されておらず、登録者の死亡例もほとんどない状況だという。
しかし、この制度が持つ間接的な効果は確認されている。
終活を始める足掛かり:情報登録をきっかけに、特に身寄りのない方の死後事務委任などの相談につながるケースがあり、「終活を始める一歩」となっていることが実感されている。
4. 運用・利用拡大にあたっての課題
利用拡大に向けた課題として、個人情報をお預かりする上での登録手続きの煩雑さが挙げられている。
登録の手間:登録票への直筆が必要な形式であること。
同意書の取得:緊急連絡先となる方への同意書の取得が必要であること。
個人情報の適正な管理と、迅速な情報伝達の必要性を両立させるための、手続きの簡略化やデジタル化などが今後の課題となるだろう。
他自治体の終活支援事業との比較
終活支援は、地域の実情や課題に応じて、全国の自治体で多様な形で展開されている。豊島区の「情報登録・伝達」に主眼を置いた取り組みに対し、特に先進的な取り組みを行う自治体の事例を並列で比較する。
1. 神奈川県横須賀市:経済的支援と情報登録の二本柱
横須賀市は、全国でも早期に終活支援に取り組み、特に「無縁遺骨の増加」という深刻な問題に対応するため、経済的な支援と情報登録を組み合わせた独自のモデルを構築している。
【エンディングプラン・サポート事業(ES事業)】
対象者:所得・資産に制限のある身寄りのない一人暮らしの高齢者
目的・内容:低額(25万円など)で協力葬儀社と葬儀・納骨の生前契約を支援。市が間に入り、本人の希望に沿った葬送を確保する。
豊島区との違い:経済的な支援と、死後事務の契約行為そのものを支援する点が、情報登録に特化した豊島区と大きく異なる。
【わたしの終活登録】
対象者:希望するすべての市民
目的・内容:緊急連絡先、リビングウィルの保管場所、葬儀・納骨の生前契約先など、死後事務に関わる情報を幅広く登録。万が一の際の情報伝達を目的とする。
豊島区との違い:豊島区と同様の情報伝達の仕組みだが、登録できる情報がより広範で、終活全般をカバーしている。
横須賀市の取り組みは、生活困窮層への具体的な葬送支援と、一般市民への情報登録による意思尊重の、両面から市民の尊厳を守ろうとする複合的な支援モデルといえる。
2. 神奈川県大和市:「条例制定」と「コンシェルジュ」による総合支援
大和市は、終活を市の重要な施策と位置づけ、「大和市終活支援条例」を制定(令和3年7月)するなど、自治体の強い意志を示している。
【終活支援条例の制定】
内容:終活に関する市の責務、市民や事業者の役割を明確化。継続的な支援事業の土台とする。
豊島区との違い:条例に基づいた支援であり、行政としての強いコミットメントを示す点が、事業ベースの豊島区と異なる。
【終活コンシェルジュのサポート】
内容:終活に関する相談、生前契約に関する情報提供、支援事業所との橋渡しなど、専門家による個別具体的な相談・仲介を実施する。
豊島区との違い:相談と伴走支援に重点を置いている。豊島区の「あんしんセンター」は相談が中心だが、大和市のコンシェルジュはさらに踏み込んだ支援や情報提供を行う。
【エンディングノートの配布と市による保管サービス】
内容:市独自のエンディングノートを配布し、作成したノートを市が預かり保管するサービスを提供。
豊島区との違い:エンディングノートの保管という具体的なサービスを提供しており、情報登録に加え、意思が記された現物の保全も行う。
大和市の取り組みは、制度的な基盤と、対人サービスの充実を重視しており、「終活をどう進めてよいかわからない」という市民に対し、きめ細やかなサポートを提供している。
終活支援のこれから
豊島区の「終活情報登録制度」は、先行する「終活あんしんセンター」での経験を活かし、「もしもの時の意思表示」という現代社会の核心的な課題に対応するための、効率的かつ重要な情報伝達の仕組みとして機能し始めている。登録者数や開示実績はまだ少ないものの、この制度が終活への一歩を踏み出す動機付けとなっている点は、大きな成果といえる。
豊島区の課題である「登録の手間」の解消は、今後の利用拡大の鍵となる。今後は、デジタル技術を活用したオンラインでの情報登録や更新、あるいはマイナンバーカードとの連携など、より簡便でセキュリティの高い仕組みが求められるだろう。
横須賀市や大和市の事例に見られるように、終活支援は「情報伝達」に留まらず、経済的な支援、専門家による相談・伴走、条例による継続性の担保など、多角的なアプローチへと進化している。
終活支援の最終的な目標は、市民が自身の人生の最期について不安なく、尊厳を持って準備できるよう支えることだ。そのためには、豊島区のように行政が「意思を伝える仕組み」を提供し、他の自治体の事例も参考にしながら、地域社会全体で「終活」を当たり前の文化として根付かせていくことが重要である。
終活情報登録制度の利用拡大は、「人生の最期まで、自分らしく生きる」という個人の願いを社会が支える、共生社会の実現に向けた重要な一歩といえるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)