Anthropic公式YouTubeより
●この記事のポイント
・Chrome拡張機能「Claude for Chrome」は、指示を出すだけでブラウザ操作を自動化するAIエージェント。
・Googleと正式提携ではないが、普及率の高いChromeで展開されることで大きなインパクトが期待される。
・OpenAIやGoogleも同領域に参入し、ネット体験を塗り替える「AIエージェント時代」の到来が近づいている。
AIが人々の仕事や生活に入り込みはじめてから、まだ数年しか経っていない。それでも、生成AIはすでに「文章を考える」「プログラムを書く」といった創造的タスクにとどまらず、実際の操作を肩代わりする「エージェント」領域に足を踏み入れようとしている。
その象徴ともいえるのが、ブラウザChromeとAnthropic社の大規模言語モデル「Claude」が組み合わさった拡張機能「Claude for Chrome」だ。
一見すると「GoogleとAnthropicが正式に提携した」と受け止められがちなこのニュースだが、実態はどうなのか。そして、そこから見えるインターネットの新しい姿とは。
今回は、AIの社会実装に詳しい株式会社ウレルブン代表取締役の酒井麻里子氏に話を聞いた。
●目次
- Claude for Chromeとは何か
- ChromeとClaudeの「タッグ」の実像
- 他社との比較:OpenAIやGoogleの動き
- 「AIエージェント時代」の入り口
Claude for Chromeとは何か
「Claude for Chrome」は、Anthropic社が開発したChrome拡張機能である。ブラウザのサイドパネルにチャット画面が表示され、ユーザーが自然言語で指示を出すと、そのままページ移動やクリック、入力操作をAIが代行してくれる。
酒井氏はこう説明する。
「たとえば『受信メールの内容を読み、そこに記載された会議をカレンダーに登録し、さらに返信メールの下書きを作る』といった一連の操作が、チャット上のシンプルな指示だけで完結します。経費申請の処理やWebサイトの機能テストなどもユースケースとして示されています」
これまで生成AIは文章や画像の「生成」が主軸だったが、Claude for Chromeは一歩進んで「操作の自動化」にまで踏み込んでいる点が新しい。
こうした仕組みを耳にすると「AIが勝手に操作するのでは」と不安を抱く人もいるだろう。しかしAnthropicは安全性を強く意識し、アクセス権限の制御や操作前の確認、高リスクサイトのブロック機能を実装している。
現段階ではプレビュー版に限られ、誰もがすぐに利用できるわけではない。だが酒井氏は「可能性は非常に大きい」と強調する。
「“やってほしいこと”をそのまま伝えるだけで作業が終わるインターフェイスは直感的で利便性が高い。実装が進めば、従来の“自分でクリックして入力する”というネット体験が、大きく変わる可能性があります」
ChromeとClaudeの「タッグ」の実像
今回の発表を受け、「GoogleがAnthropicと正式に提携したのか」との声もある。しかし実際にはそうではない。
酒井氏は次のように整理する。
「Claude for ChromeはあくまでもAnthropicが開発した拡張機能です。GoogleがClaudeを公式に採用したわけではありません。ただし、世界的に圧倒的なシェアを誇るブラウザChromeに組み込めることで、多くのユーザーにリーチできるという点では大きな意味があります」
つまり「タッグ」といっても業務提携ではなく、「Chromeのプラットフォーム上にAnthropicが乗り込んできた」というのが正しい構図だ。
実際に広がるかどうかは、料金体系や認知度に左右されるだろう。
ClaudeはChatGPTやGoogleのGeminiに比べると日本での知名度はやや低い。そのため有料提供になった場合、「Claudeのために課金するかどうか」が利用拡大の分かれ目になる。
また、現状のプレビュー版は「すぐに業務効率化に直結する」というレベルには至っていない。タスクによっては時間がかかることや、人間がログイン作業を代行しなければならない場面も残されている。
他社との比較:OpenAIやGoogleの動き
この分野で競合となるのが、OpenAIやGoogleだ。
OpenAIはすでに「ChatGPTエージェント」を有料ユーザー向けに提供している。仮想ブラウザを開き、ECサイトで商品を検索・カートに追加したり、旅行予約サイトで航空券を探すといったことが可能だ。ただし「自分のアカウントでログインした状態から操作を開始する」ことは現時点ではできず、完全自動化には至っていない。
一方Googleは、自社AI「Gemini」を検索に組み込む「AIモード」を開始。さらに「チケット購入やレストラン予約を自動化するエージェントモード」も導入予定で、これはClaude for Chromeと真っ向から競合する機能といえる。
酒井氏はこう指摘する。
「各社とも“AIに任せられる領域”を着々と広げています。現状ではまだ実験的な要素が強いですが、課題が解決すれば私たちのネット利用のあり方を根本から変える可能性があります」
もしAIエージェントが日常的に活用できるようになれば、どんな世界になるのか。
まず考えられるのが「定型的で手間のかかる作業の自動化」だ。たとえば出張の際、これまでのように航空券と宿泊を自分で探して入力する必要はなく、「来週の大阪出張に必要なフライトとホテルを予約して」と指示するだけで済むかもしれない。
ビジネス現場では、経費処理やスケジュール調整などの“雑務”が大幅に削減され、より創造的な仕事に時間を割けるようになるだろう。
「AIエージェント時代」の入り口
AIの進化は、単なる“答えを返すツール”から“実際に行動するパートナー”へとシフトしつつある。Claude for Chromeは、その変化を実感できる最初の一歩だ。
酒井氏は最後にこう展望を語った。
「今はまだ『すぐに生活や業務を激変させる』段階ではありません。しかし、複数の大手がこの分野に参入している以上、AIエージェントは確実に進化を続ける。私たちはまさに“AIに操作を任せる時代”の入り口に立っているといえるでしょう」
「ChromeとClaudeがタッグを組む」というニュースは、見方によっては誤解を招きやすい。しかし、その本質は「AIエージェントが一般ユーザーのブラウザ体験に近づいてきた」という事実にある。
OpenAI、Google、Anthropic。巨頭が揃って「操作するAI」に注力していることは、これが一過性の実験ではなく、今後のネット体験を形作る基盤技術であることを示している。
Claude for Chromeは、AIエージェントの可能性と課題を同時に映し出す鏡のような存在だ。私たちがネットをどう使うか――。その常識が近い将来、大きく塗り替えられるかもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=酒井麻里子/株式会社ウレルブン代表取締役)