漫画ワークショップを体験した観光客(UNIQUE TRAVEL JAPAN公式サイトより)
●この記事のポイント
・インバウンドは「観光」から「体験」へシフト。漫画や声優、食文化などの没入型体験に富裕層を中心に需要が拡大している。
・本物のプロとの交流や裏話を聞けることが大きな価値となり、SNS拡散や口コミにつながる新たな観光の形が生まれている。
・ガイド不足や家族向けコンテンツ不足といった課題も多いが、逆に新たなビジネスチャンスが広がっている。
2024年、日本を訪れる外国人旅行客数(インバウンド)はコロナ禍前を超える勢いで回復した。観光庁によると、2024年の訪日客数は初めて3000万人を突破し、政府は2030年に6000万人の目標を掲げる。円安の影響もあり、街中では外国人観光客を見かけることが日常の風景となった。だが彼らが求めているのは、単なる「観光地めぐり」や「買い物」ではなく、日本ならではの“没入型体験”だ。
そんな新しい需要を先取りするのが、体験型ツアーを企画・運営するUNIQUE TRAVEL JAPANである。同社COOで、自らも「漫画講座」を担当する林将史氏に、外国人観光客の最新トレンドと今後のビジネスチャンスを聞いた。
●目次
- 「漫画を描く」ことで日本文化に触れる
- 富裕層が支持する“没入型体験”
- インバウンドが抱える「受け皿不足」
- 体験価値をどう作るか
「漫画を描く」ことで日本文化に触れる
UNIQUE TRAVEL JAPANの看板コンテンツは、漫画家を招いて実際に「漫画を描く」体験ができるワークショップだ。参加者は自分の好きなアニメキャラクターを描いたり、オリジナルキャラクターを生み出したりと、2.5時間の講座でプロから手ほどきを受ける。
「漫画好きのお客さんだけでなく、日本文化に没入したいという動機で参加する大人の方も増えています。アニメや漫画に詳しくない方でも“本物の漫画家と交流できる”体験そのものに価値を感じていただいています」(林氏)
体験型プログラムは漫画にとどまらない。築地市場で魚を仕入れ、日本料理人が目の前で調理する「食のツアー」、プロ声優と一緒にアニメ映像にアフレコする「声優体験」、さらにアニメーションを実際に制作する「アニメーター体験」など、ユニークなプログラムを展開している。いずれも「見る」だけではなく「参加する」「創る」ことがポイントだ。
富裕層が支持する“没入型体験”
同社の体験プログラムの価格帯は一人2万~4万円。一般的な観光ツアー(数千円台)と比べると高額だが、むしろ富裕層を中心に需要が拡大している。
「メジャーリーガーの方が参加されたこともありますし、経営者や医師なども多いですね。円安の影響もあり、日本国内で2万円は高額ですが、海外の富裕層にとっては“本物の体験”に投資する価値がある価格帯です」(林氏)
実際、2023年から2024年にかけて予約数は急増。特にアメリカ、欧州、中東からの客が多い。国や地域によって好まれる体験には特徴もある。アメリカは「幅広く何でも人気」、ヨーロッパは「食と文化」、中東は「アニメ・漫画」への関心が高い。
林氏が繰り返し強調するのは「本物の人との交流」だ。
「単に体験するだけでなく、実際にその道を職業にしている方と触れ合えることが大きな魅力になっています。料理人や漫画家、声優といったプロの裏話を聞きながら、一緒に時間を過ごせることが、外国人観光客にとって忘れられない思い出になるんです」
この“交流”要素が満足度を高め、SNSでの拡散や口コミにつながる。林氏によると、リピーターや紹介経由の参加者も少なくないという。
インバウンドが抱える「受け皿不足」
政府が掲げる6000万人目標に対し、課題も多い。ホテルの部屋不足、大人数家族向け施設の乏しさ、そして人材不足だ。
「特にガイドの不足は深刻です。英語が話せるだけでなく、ホスピタリティを持ち、お客様一人ひとりに合わせた“おもてなし”ができる人材は非常に少ない。予約を受けてもガイドを確保できず、やむなくキャンセルするケースすらあります」(林氏)
観光産業は宿泊施設や輸送インフラの整備だけでなく、人材育成や受け皿づくりにも投資が必要だ。逆にいえば、ここに大きなビジネスチャンスが潜んでいる。
UNIQUE TRAVEL JAPANが次に注力するのは「家族向け」だ。
「東京の観光コンテンツは夜のアクティビティを中心に増えているが、子どもが主体で楽しめる体験が少ないんです。家族全員で楽しめる体験や、子どもだけでも楽しめる体験を充実させたいと考えています」
また教育機関との連携も進めている。英国の専門学校が日本文化体験をカリキュラムに組み込むなど、修学旅行や海外研修の一環として「体験プログラム」を導入する事例が増えている。観光と教育の融合は、今後の成長分野といえそうだ。
体験価値をどう作るか
インバウンド市場の拡大は、日本企業にとって単なる「観光需要」以上の意味を持つ。林氏の言葉から浮かび上がるのは、次の3つの示唆だ。
「見る」から「参加する」へ
観光地をめぐるだけでなく、自ら創作したり交流したりする“参加型体験”が求められている。
「本物の人」との出会いが価値になる
プロフェッショナルとの交流は、観光商品に付加価値を与える。日本企業が持つ専門性や職人技は強力な武器だ。
不足こそビジネスチャンス
ガイドや家族向け体験の不足は課題であると同時に、新規参入やサービス開発の余地を示す。
円安と回復する世界経済を背景に、日本を訪れる外国人旅行客は今後も増加が見込まれる。ただし、求められるのは“物見遊山”ではなく、日本文化に深く触れる体験だ。UNIQUE TRAVEL JAPANのように「創る」「交流する」体験を提供する企業が、次世代の観光をリードしていくだろう。
「インバウンドの需要はまだ伸び続けます。課題も多いですが、逆に言えば日本には無数のビジネスチャンスがあるんです」(林氏)
観光はもはや一大輸出産業であり、体験価値の提供は世界に誇れる“Made in Japan”そのものになりつつある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)